水平線
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今期の課題

 これから始めるペダルボート第3期。はっきりした目標を持っている。
1.船体の全長を目いっぱい長くすること。
2.船体は先端の尖った、鋭角で、滑らかなシェイプを持つこと。
3.ボート全体の自重を軽く抑えること。
4.機関部のギアの数を減らすこと。
5.エネルギー効率のいいスクリュー・プロペラを開発すること。
 なぜこれらのことが課題となるのか。それは以下の研究の結果、導き出されたものだ。

水の抵抗に関する考察

 これまで2艘のボートを作り、水の抵抗というものがいかに強力にボートの推進力を削ぎ落とすか、思い知った。私はそれを甘く考えていた。
 最初のボートは、水の抵抗の重さのために簡単に機関部が破壊された。次のボートも同じだった。しかしそれを修復して機関部を強化しても、ペダルの重さが脚に来て、今度は脚が破壊されそうだった。ボート作りは、結局のところ、水の抵抗との闘いなのだ。
 水の抵抗への対策について、研究を重ねた。その結果、船体が受ける水の抵抗には3つあることが分かった。造波抵抗、粘性圧力抵抗、摩擦抵抗、である。そして、それぞれの抵抗を減らすための対策も、今では明確になっている。
 結論はこうだ。造波抵抗を減らすためには、船体を目一杯長くしつつ、全体の軽量化を図らなければならない。粘性圧力抵抗を減らすためには、船体の形状を流線型にしなければならない。摩擦抵抗を減らすためには、船体の表面を滑らかにしなければならない。そして最後に、水の抵抗に負けない推進力を備えなければならない。

造波抵抗の低減に関する課題

 船体の長さに関して、海水の比重を1とみなし、船体の形状を単純な直方体とみなすなら、次の数式が成り立つ。
 ボートの総重量(≒排水量)÷船体の長さ=水面下の船体の断面積(≒造波抵抗)
 つまり、船体は長ければ長いほど、水の抵抗は減るのだ。ただし、船体を長くすればするほど、船体の自重は増してしまう。同じ体積なら、長ければ長いほど表面積が増し、船体の外殻となる合板の使用量が増えるからだ。
 しかし、船体だけではなく、機関部も含めたボート全体の総重量を減らすことができれば、長さのメリットに加えて、軽量化のメリットによって、水面下の断面積を減らすことができる。すなわち、次の式が成り立つのだ。
 水の抵抗の軽減=船体の延長×ボートの軽量化
 これらは相乗効果によって、倍加して効果を得ることができる。
 船体は目いっぱい長く。そこで私の軽のワンボックスカーの荷室の長さを測ってみた。助手席を倒して250cm。でも目一杯だとハッチが閉まらなくなるかもしれないので、多少のゆとりを持たせて240cm。2分割式の船体とするなら、組み立てた状態での全長は480cmもの長さになる。前作が全長320cmだったので、長さは1.5倍となる。これだけで水の抵抗を3分の2まで低減できる。
 さらにボート自重を、前作の65kgから、40kg程度までに低減することができれば、その効果は合わせて2倍を超え(私の体重を無視して、だが)、水の抵抗を半分以下に抑えることができるのだ。これは実にやりがいのある改良ではないか?  

粘性圧力抵抗の低減に関する課題

 これは、船体が渦を作らないように、形状をなだらかな曲線で構成することを意味する。そんなことは粘性圧力抵抗などという難しい概念を持ち出すまでもなく、わかり切ったことなのだが、実際にはこれが実に難しい。なぜなら合板は思い通りに曲げることのできる素材ではないので、求める形状の展開図を作って、合板を切り抜き、パーツ同士を貼り合わせる必要があるからだ。
 しかし、そのようにして作った単純な形状では、安定性のない船体になってしまうので、船底や船首には、どうしてもひねりを伴った局面を描きたい。つまり合板を湾曲させる必要が出てくるのだ。
 無理な形状に湾曲させようとすると、合板はいとも簡単に割れてしまう。あるいは割れないまでも、予期せぬ反りが生じて、設計通りの形にならない。3次元空間能力の乏しい私の頭では、合板を湾曲させようとすると、その平面内部にどのような力が働いて歪が生じるのか、まったく予測ができない。これって微分なの? それとも積分なの?
 そこで私は考えた。ならば歪を逃がす工法を実現すればいい。このことは工作を開始して、実践の中で答えを見つけることにしよう。

効率の良いスクリュー・プロペラ開発の課題

 これには、今までとは全く異なるアプローチが必要だ。
 まず、「効率の良さ」とは何を意味するのか、その定義を獲得しなければならない。なぜなら、同じ「効率の良い」という言葉で、相反する2つの意味があるからだ。
 時間効率なのか、エネルギー効率なのか。前者は、エネルギーのロスがあったとしても、最終出力を最大限にするための「効率」だ。例えて言えば、ツインカム・エンジンやターボ付きエンジンを積んだスポーツカーの「効率の良い」エンジンだ。後者は、出力が乏しくても、少ないエネルギーで駆動する「効率」だ。例えて言えば、燃費のいい商用車の「効率の良い」エンジンだ。
 燃料をたくさん積んで、高出力のエンジンを備えたスポーツカーにとっては、問題は燃料の持つカロリーをロスなく動力に取り出すことではなく、一定の時間にどれだけの動力を生み出すことができるかこそが問題だ。スポーツカーのエンジンにも効率が求められるが、効率が良くなればなるほど、燃費は悪化する。これは私の求める「効率の良さ」の正反対だ。
 私が作ろうとしているのは、人力ボートだ。小出力エンジンの最たるものだ。この場合の「効率」は、脚の筋力をいかに無駄なく推進力に転換するか。言い換えれば、燃費の良さなのだ。この区別が、私の中に今までなかった。私は図らずも高出力プロペラ・スクリューを追求することで、エネルギーロスの大きさに気づかなかったのだ。
 このことを概念だけで説明することは困難だ。それより、実験してみることが必要だ。それは私の目からうろこを剥ぎ落す、画期的なものになるかもしれない。

完成目標、今年の夏

 以上の方針で、作業に取り組む。
 不思議だ。私が自分に課す課題はますます高度化しているのに、今までに増して手が届きそうな気がする。きっと私は成長しているのだ。
 2艘目の失敗に落胆して、いったんは「今夏には間に合わない」とあきらめたが、今や新たな闘志がめらめらと湧いてきた。夏までに完成させる。

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