テストの実施
2020年2月20日。強い南風の吹く、2月とは思えない暖かい日が数日続いた後に、風向きが北に変わって、気温が少し下がった。しかし風は弱まり、海は凪いだ。空気は澄み、日差しは暖かい。微風が斜めに沖から岸に向かう。ボートをテストするにはもってこいの天候だ。
私のボート作りを応援してくれている解体屋の会長に「11時出航」と告げた。彼は「残念、11時には予定が入って、出かけなければならない」と言ったが、私は「大丈夫、成功すれば夕方まで湾内に浮かんでいるから。帰りにでも見に来て」と答えた。
12時過ぎ、会長が堤防に立って指笛で合図した。隣にいるのは奥様かな? その奥様がスマホで撮ってる。私は岸に向かって漕いで、会長に近づき、「成功!」と叫んだ。しかしこの時点で私はボートのテストをひと通り終え、実は意気消沈していたのだ。
工作としては成功だ。こう作ればこうなるという意味で、私が作った通りのボートになった。しかしそれ以上の性能は発揮しなかった。奇跡は起きなかった。がっかりするほど、このボートの性能は低かった。「鈍重」、そのひと言だった。
テストに見る性能の低さ
まずは速度性能のテストだ。設計の段階では、自作のスクリュー・プロペラは、時速8km強の水流を発生させる性能があるはずなのだが、それがボートをどこまで加速させるのか? どこかの時点で、スクリュー・プロペラの推進力が船体の受ける水の抵抗と釣り合い、これ以上加速しないという頭打ちの速度があるはずだ。しかしその速度に到達するまでは徐々に加速し、スピードを上げていくはずなのだ。
しかし、実際には、まったく期待通りには加速してくれなかった。最初からペダルはずっしりと重く、のろのろとしか進んでいかない。全くと言っていいほど加速しない。ということは、船体が受ける水の抵抗が大きすぎて、加速が頭打ちになる速度があまりにも低いということになる。
で、その速度は時速何キロなのか?
動画の中でテストした通り、約50mを全力で漕いで、2分30秒かかっている。加速はほとんどなく、最初から最後までゆっくりとしか進んでいかない。速度はほぼ一定だ。ということは、
50m÷2.5分×60分÷1000m=1.2km/時
なんてこった、時速1.2kmでしかない。いやいや、待てよ。向かい風だとこうだが、追い風では? そう思って逆に岸に向かって漕いでみたが、1分30秒かかった。
50m÷1.5分×60分÷1000m=2km/時
追い風でも、人が歩く速度の半分でしかない。向かい風と追い風を平均すると、時速1.6km。こんなの全く話にならないよ。
次に旋回性能だ。小回りはどの程度効くのか。移動する鳥山を追いかけて、西へ東へ。ヒットしたシイラがいきなり向きを変えて突っ走った。漁船が接近してきたから回避すべし。舵を切るシチュエーションは、さまざまに想像が膨らむ。でも動画のとおり、すべて無理。対応不能だ。
360°向きを変えるのに1分かかる。時計の秒針と同じ速度だ。カップラーメンにお湯を注いで秒針の動きを追う、あのもどかしさ。こんなのでとても釣りなどできない。沖に漕ぎ出すだけで危険だ。遭難間違いない。
目に見えてきた課題
こんな性能では話にならない。せっかく完成させた2艘目のこのボート、即刻放棄せざるを得ない。だがその前に、なぜこんなにも性能が低いのか、しっかりと分析して、今後の課題を明らかにしておかなければならない。
ボートの自重
このボートの自重は約65kgだ。私の体重もそれぐらいだから、総重量は130kgぐらい。この物体を加速させるためには、130kgの質量にかかる慣性力に抗してペダルを漕ぎ、スピードを乗せなければならない。
とはいえ、当初私は、加速がゆっくりでじわじわとしか速度が上がらなくても、いったん速度が上がってしまえば、そのトップスピードを維持して航行することができると考えていた。しかしこれは大きな間違いだった。
130kgの物体が水に浮くということは、130kgの水を押しのけているということだ。すなわち排水量130kg。この物体が水上を進むということは、常に水を押しのけ続けるということだから、130kgの水をも加速させていることになる。要するにこれは水の抵抗だ。私はそれに気づかなかった、あるいは過少に見積もっていた。
もちろん、水を押しのけるのに効率の良い形状という論点はあるが、そもそも押しのける水の量を最小に抑える必要がある。私はそれを甘く考えていた。この点をもっとシビアに考え、ボートの自重を極限まで軽くしなければダメだ。逆に言えば、ボートの軽量化は、2倍の効果となって、性能アップにつながるのだ。ここに勝算あり、ではないか?
目標は30kg。現状の半分以下だ。
それを実現するために発想を変えよう。沖に出てゆくにはこれぐらいの強度が必要だろうと考えて設計するのをやめて、極限まで軽く作ってから、果たしてこのボートで沖に出てゆけるだろうかと検討するのだ。
船体の形状
ボートが沈む恐怖。これにはなかなか抗えない。皆が言う。カチカチ山のたぬきの泥の船。そうならないために自らを呪縛した。ずんぐりした船体で最大限に浮力をかせいだ。船上に立ってキャスティングできるように、安定性重視。その結果、重くなっただけではない。水の抵抗が大きくなった。
細長い形状の船体は水の抵抗が小さい。なぜなのか。水をかき分けて進む際、水に与える加速度が小さいからだ。しかし、そうすると浮力が不足する。だから船体の全長を、排水量が同じになるまで、長くする必要がある。しかしクルマに積載できるには長さの限度がある。最大限に長くはするものの、多少浮力を犠牲にするしかない。
長さが増せば、たわみが大きくなり、折れやすくなる。そこで私は強度を高めようとする。しかしそのような従来の発想はやめにしなければならない。しなって持ち堪える構造にしよう。骨格は一切なし。船体の中は完全に空洞。それで重量を抑え、浮力を確保する。
全長は極力長く。長細い流線型。ぎりぎりクルマに積み込める長さ。もし2分割で足りないなら、船体は3分割でもいい。そして分割式の船体を組み立てるのに、支柱によって固定するのをやめる。あの支柱が重い。軽量化のためには、あんな支柱を使ってはダメだ。だとすると、蝶番かなにかで繋ぐか?
スクリュー・プロペラの再設計
私が設計したスクリュー・プロペラは、効率が悪い気がする。ペダルを目いっぱいの力で漕いでも、効率よく推進力には変換されていない。
そう思う根拠は、ペダルを踏み込む力を強めても弱めても、ボートの速度があまり変わらなかったことだ。もちろん、時速1.2kmと時速0.6kmとでは、体感するほどの速度の差はないが、実は2倍であるというようなことはあり得る。しかし、こんなレベルでは話にならないのだ。
あのテストは1時間余りで早々に終了した。それ以上は漕ぎ続けることができなかったからだ。ペダルが重すぎて、脚がパンパンになり、太ももが破裂しそうだった。そうならないためには? 最高速の追求はあきらめる。軽い力でゆっくり漕いで、コンスタントに時速4kmを実現できるほうが、無理して一瞬時速8kmを出せるより、よほど実用的だ。
しかしそのようなスクリュー・プロペラを設計するためにはいったいどうすればいいのか? さっぱりわからない。スクリュー・プロペラの特性を規定するうえで、私が気づいていない要因が何かあるのだ。
そこで仮説を立ててみた。プロペラの回転が効率よく推進力につながっていないとしたら、どこにロスがあるのだろう? テストのときに観察してみると、水流は発生している。考えられることはひとつしかない。水流が後方に向かわず、プロペラが水を掻きまわす際に遠心力が発生して、プロペラを中心に放射状に外に膨らんでいるに違いない。この運動エネルギーは推進力とはならず、エネルギーのロスにしかならない。だからペダルを漕ぐ力を増しても、ボートが加速しないのだ。
もしこの仮説が正しいなら、作るべきプロペラは低回転型で、遠心力の発生を極力抑え、ブレードが水を掻くエネルギーを効率よく推進力に変換できるものだ。また、ダクト付きプロペラという、水流を強制的に後方にのみ発生させるような工夫もあり得る。
レイアウト
スクリュー・プロペラの直後に舵を置く。このレイアウトは、停止時から加速を始めて、すぐに方向転換ができるようにするためのものだ。スクリュー・プロペラが発生させる水流を舵に当て、その反作用で左右に船体を回転させる。そのためには、舵は船首か船尾になければならない。そしてその直前にスクリュー・プロペラがなければならない。
しかし、そうしてさえも、360°旋回するのに1分もかかるのでは話にならない。だったら旋回性能などはなから期待せず、エネルギー効率を優先して、スクリュー・プロペラを船尾の舵から離してもいいのではないか?
そうすると何が実現できるかというと、プロペラをクランクと直結し、ギアの数を減らすことができるのだ。
現状では、クランクはメインのベベルギアと一体化しており、それをピニオンギアで4倍に増速して後方へ回転軸を方向転換し、それが長いステンレス・パイプで船尾の駆動パネルのシャフトにつながり、ここでまたベベルギアで2倍に増速するとともに下向きに回転軸を変換し、さらに駆動パネル内で等速のマイタギアによって回転軸を後方に変換する。最終的にはクランクの回転は8倍に増速される。
しかしギアは、歯とシャフトで摩擦が生じ、エネルギーをロスする。それに価格が高い。さらに壊れやすい。そして駆動システムがいくつものパーツに分かれ、シャフトでつながれることによって、重量が増す。だからギアの数は極力減らし、コンパクトに作った方がいい。
したがって結論は、スクリュープロペラはクランクの直下に位置するのがいい。ベベルギアで4倍速にして回転軸を下方に変換し、それを等速のマイタギアで回転軸を後方に変換する。クランクの回転に対してプロペラの回転は4倍速。駆動系は一体式の、たった1つのパーツで構成される。
こうすることによって、軽量化、コスト削減、ギアの摩擦によるエネルギーロスの低減、そして耐久性の向上が得られる。
反面、旋回性能は多少損なわれる。舵の位置は船尾のままだから、船体中央下部のプロペラと距離ができ、プロペラが発生する水流が直接舵には当たらなくなる。したがって、ボートがある程度の速度で前進していないと、舵は効かなくなる。しかし、360°の旋回に1分もかかるのなら、それがさらに多少悪化したとしても、それほど惜しくはない。
だが、こうも言える。速度が出てさえいれば、舵は効く。静止時の舵の効きが犠牲となるだけだ。それはすなわち、旋回半径が大きくなるということであり、旋回そのものができないわけではない。結局のところ、旋回性能は、速度性能に依存するということだ。
第3期に向けて
以上で、今後実現すべき課題を明らかにした。それぞれを実現するのは遠い道のりだ。やろうと思った途端に気が遠くなる。
だが、ある偉人がこう言ったのだ。「課題を明らかにすることができたなら、それは目標を半分実現できたに等しい」と。今私は正にそのような状態にある。
ペダルボートの作製も、第1期、第2期、第2.5期と、5年かかっている。構想段階から数えるなら7年だ。それでも私はあきらめない。いつか必ず、自作のボートで沖に出て、シイラを釣ってやる。
モノ作りって、楽しいね! だからやめられないよ。