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 ペダルボート作り第3期も、いよいよプロペラの作製を残すのみとなった。しかしこれが一番の難関だ。船体や機関部は、どちらかというと手足を動かす力技で対処した。合板を切って貼って・・・。しかしプロペラはそうはいかない。高度な理論に基づいて設計し、精度高く作らなければ、失敗する。
 そこで作るべきプロペラの仕様を、理論に基づいて煮詰めていくことにする。

プロペラ理論の再構築

 これまでの取り組みの中で私はさまざまに思考を重ね、独自のプロペラ理論を確立したと思って、前作および前々作のプロペラを作った。しかし前作の失敗が示すところ、私はプロペラの特性を正しく理論化できていなかったのかもしれない。いったんは獲得したと思った自前のプロペラ理論を再度検証し、バージョンアップを図らなければならない。
 その収束点はこうだ。
 下のイラストは、2つの外観が異なるプロペラを並べたものである。表計算ソフトの図形描画機能を使って描いたので、精密な図ではないが、その点は大目に見ていただこう。また、作図および表現上、羽(ブレード)同士がわずかに離れているが、実際には隙間なく円周上を覆っているものと考える。

思考実験

 左のプロペラAは9枚羽、右のプロペラBは3分の1の3枚羽だ。そしてブレードの幅(それとも長さと言うのか? あるいは厚み?)は逆に、BはAの3倍だ。例えばAのプロペラの幅が3cmだとしよう。とするとBはその3倍の9cmだ。
 ブレードの直径と角度はまったく同じだ。例えば直径30cmだとして、角度は両方とも外周部において約16°で、この角度は自動的に決まる。そして、ブレードの数が異なっても、その総面積は2つのプロペラで全く同じになる。
 この2つのプロペラが同じ速度で回転するものとしよう。例えば1秒間に8回転だ。すると発生する水流は、どちらも同じで、時速約7.8kmとなる。すなわち、この2つのプロペラは、潜在能力が最高時速7.8kmで、同じなのだ。
 さあ、ここで問題だ。この2つのプロペラAとBは、同等の性能を持つと言えるのだろうか?

水流

水流モデルの修正

 ところが前作の失敗の体験から、プロペラの性能を、発生させる水流の速度のみによって計算しようとしたことは、間違いではなかったかと思うようになった。
 そもそもプロペラは、水中に理想的な水流の束など発生させはしないのだ。特にボートが静止状態にあるとき、ペダルを漕いでボートを前に進めようとしても、ボートは思うように加速してくれない。それはなぜか? プロペラが効率よく後方に水流を発生させず、広範囲に水を撹拌し、ペダルを漕ぐエネルギーの大半が無駄になっているからではないだろうか?
 水中でプロペラが高速回転するとき、水は後方に弾き飛ばされるだけではなく、当然遠心力が働いて、プロペラの外側に放射状にも拡散する。そこにエネルギーのロスが生じ、プロペラの効率が落ちる。
 では、さきほどのプロペラのブレードの枚数の問題に立ち返って、この点を考察してみよう。直径30cm、ひとつは幅3cmで9枚羽のプロペラA、もうひとつは幅9cmで3枚羽のプロペラB。どちらの方がエネルギーのロスが少ないだろうか? 言い方を変えれば、どちらのプロペラの方が効率がいいだろうか? もしここに差があるとすれば、プロペラの性能は、後方へ水流を発生させる潜在的能力と、それを実現するためのエネルギー効率の高さの、2つの観点から規定しなくてはならなくなる。

遠心力

 両方とも、前後から見たシルエットは直径30cmの円で、面積が同じだ。しかし横から見たシルエットは、Bの3枚羽の方が、Aの9枚羽よりも、3倍大きい。それでもブレードの総面積は等しい。2つのプロペラは、遠心力によって放射状に水を弾き飛ばす水の量と速度によって、それぞれロスするエネルギーが原理的には測定できる。
 3枚羽のプロペラBは、遠心力で放射状に弾き飛ばす水量が、9枚羽のプロペラAよりも多い。横方向のシルエットに比例して、その量は3倍だ。では3枚羽のプロペラの方が、エネルギーのロスが3倍も多いのか?
 しかし双方のプロペラでは、ブレードの密度が違う。9枚羽のAの方が3倍の密度だ。とすると、3枚羽のプロペラBが弾き飛ばした水流は、渦ができて、結果として速度が薄まり、弱くなるのか? もしそうだとすると、双方のプロペラで、水を無駄に拡散するエネルギーのロス量は等しい、すなわち同等の効率だということがありうる。
 次のどちらが正しいのか?
 仮説1。プロペラのエネルギー・ロス量は、ブレードの1枚当たりの面積に比例する。ブレードの総面積が同じなら、ブレードの枚数が少くて、1枚当たりのブレードの面積が大きい方が、ロスが大きい。
 仮説2。プロペラのエネルギー・ロス量は、ブレードの総面積に比例する。したがってブレードの総面積が同じなら、ブレードの枚数が異なっても、ロスは等しい。

エネルギーロスに関する実験

 仮説1も仮説2も、それなりに説得力がある。甲乙つけがたい。どちらが正しいのか? こんなこと、私の頭でいくら考えても解りっこない。そこで実験してみることにした。
 知りたいのは、プロペラのエネルギー・ロスだ。だから下の写真のような、推進力ゼロ、回転エネルギーのすべてがロスになるような、直角に立ったブレードの、2つのプロペラを作った。プロペラの直径はどちらも15cm。かたや3枚羽で、ブレードの幅は9cm。かたや9枚羽で、ブレードの幅は3cm。ブレードの総面積はどちらも同じだ。これらを、水を張ったバスタブの中で、回してみる。手に感じる抵抗(反動)の大きさで、そのエネルギー量を比べてみようというわけだ。

比較実験

 予想される実験結果は、2つにひとつ。3枚羽のプロペラが、9枚羽の3倍の抵抗となるか、どちらも同じ抵抗となるか。1割や2割の差があったとしても、そんなのは誤差であり、原理的にはっきり決着がつく。

 手の感覚だから、数値化できない。しかし、実験結果はほぼ同等だ。間違っても、3枚羽の方が3倍の抵抗があるということはない。ということは、次のように言える。ブレードの総面積が同じ2つのプロペラは、ブレードの枚数が異なっていても、水中での回転の抵抗は同じである。ただし、ブレードの回転速度が同じでも、その効果に違いはあるように感じた。
 1枚当たりのブレード面積が大きい3枚羽プロペラは、ブレードの回転方向での密度が低い。その結果、ブレードを離れた水流は渦を巻いて弱まり、プロペラから離れた場所では、速度が落ちる。その結果、多くの水をゆっくり動かすことになる。ブレードの数が多い9枚羽のプロペラは、ブレードの回転方向での密度が高いから、水流が弱まりにくいが、ブレードの面積が小さいので、水流を起こす範囲が狭い。その結果、少ない水を速く動かすことになる。
 こうして、双方のプロペラにかかる負荷は等しい。だから仮説2が正しいのだ。

プロペラの高効率化への道

 さあ、困った。これでは、これまでの私のプロペラ理論は間違っていなかったということになる。このページの冒頭の問いの答えはこうだ。「A、B、2つのプロペラは同等の性能を持っている」。
 実は、実験の前に私は「ブレードの枚数が多くて、プロペラの厚みが薄い方が、効率がいいのではないか?」とおぼろげに予想していて、それに沿って自分の理論を修正しようと思っていたのだ。しかし、実験の結果は、そうはならなかった。だから私は、自分のプロペラ理論の誤りを正すことによってではなく、正しかったそれをいっそう発展させることによって、より効率的なプロペラを開発しなければならないのだ。
 だが、アイデアならすでに2つある。私の頭脳は、精緻な分析よりも、創造的な発想に向いている。こんこんとアイデアは湧いてくる。
 問題は、プロペラの回転が周辺の水を掻き回すことによって、水に遠心力を発生させ、プロペラを中心にして放射状に水流を発生させることだ。この水流は、プロペラの後方に向けて発生させる水流とは異なり、ボートの推進力とはならず、エネルギーのロスとなる。前回の失敗作の、あの信じられないようなペダルの重さの理由だ。
 では、その解決策は? それは簡単だ。放射状の水流を、プロペラに覆いを被せることによって、遮断すればいいのだ。すなわちダクテッド・プロペラ。ただし、船体に固定したダクトの中でプロペラが回るようにするのは技術的に難しいので、ダクトをプロペラに固定し、ダクトごとプロペラが回るようにしよう。

ダクト

 ダクトは、プロペラの水流を1方向に統制する役割を担う一方、それ自身が水の抵抗を増す要因ともなる。だからダクトはできるだけ短くしたい。そのためには、プロペラをできるだけ薄く、したがってブレードの数を多くする必要がある。そうすると、もうひとつのアイデアにつながってゆく。
 プロペラのブレードは、らせん階段のように、厚紙を少しずつ回転させながら積層し、エポキシで塗り固める方法で作成する。その結果、ブレードは、プロペラの中心部では角度が立っており、周辺部では角度が寝ている。効率よく後方に水流を発生させるのは、ブレードの周辺部だ。だったら、ブレードの中心部をなくして、周辺部だけのプロペラにすればいい。

シャフトなし

 しかしこれでは、シャフトがないために、プロペラに回転を伝えることができない。だから、ブレードのうち最低限のものは、中心のシャフトと繋がっていなければならない。例えば、全部で12枚羽として、そのうちの3枚のブレードがシャフトと繋がり、支柱としての役割を果たす。残りの9枚のブレードは、ダクトから内側に向いて生えており、シャフトからは浮いている。
 すなわち下の図のようなプロペラを考えた。これを勝手に「内羽式」もしくは「インナー・ブレード」と名付けよう。

内羽式

 これが、これから私の作るべき、改良型の、ダクテッド・インナー・ブレード・プロペラである。

細部の最適化

 さて、プロペラを覆うダクトは、それ自身が水の抵抗を増す要因となる。だからあまりに長いダクトは逆にプロペラの性能を落としてしまう。ダクトをできるだけ短くするためには、プロペラを薄く、すなわちブレードの枚数を増やした方がいい。ところが、プロペラのエッジは、それ自体が抵抗となる。だから、ブレードのエッジによる抵抗を減らすためには、ブレードの枚数を減らした方がいい。この相反する双方をベストなバランスで両立させるには? そんなの、頭で考えてもわかるはずがない。あてずっぽうで行くしかない。12枚よりも、9枚の方がいいのではないか?
 では、プロペラの厚みは? それは計算ではじき出せる。1秒間にペダルは1回転と想定しよう。ギア比は4。ブレードの数は9。とするとブレードが水流をプロペラの厚み分だけ後方に押しやるのには、4×9で、36分の1秒かかる。では厚みをxcmとしよう。時速8kmの水流を発生させるためには?
xcm×36×60秒×60分=時速8km×1000m×100cm
xの値は約6.17だ。こうして、9枚ブレードにするなら、プロペラの厚みは6cm強なければならないことになる。
 次に、ブレードの断面だ。今までは積層の段差をならすことにより、表面を滑らかにすることだけを追求した。その結果、ブレードの断面は平行四辺形だったのだ。

平行四辺形の断面

 しかし、このような形状は後方に渦ができて、それが大きな抵抗となる。ブレードの形状は、渦を作らないように、両端をもっとシェイプしなければならないのではないだろうか?

翼型の断面

 表計算ソフトの図形機能では描けないが、理想は飛行機の主翼断面のような形状ではないだろうか。つまり、プロペラのブレードに、最大限の揚力を発生させる形状だ。
 本来はここまでブレードを削りこまなければならなかったのだ。逆に言えば、今までそれを避けて安易に済ませてきたがために、私の作るプロペラは抵抗ばかり大きくて、推進力が弱かったのではないかと思える。
 これで、プロペラについては、細部まで設計できた。

水平線
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