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第3期の到達点

 先日完成した、私にとって3艘目のボートは、用途が極めて限定される。それは、かなり重い船体(約60kg)を、強力なスクリュー・プロペラ(ダクテッド・インナーブレード・プロペラ)でぐいぐいと推し進める、重厚な性質の船だ。その分ペダルはとても重く、筋力の限界までしゃにむに漕いでも、思ったほどのスピードは出ない。せいぜい時速5kmというところだ。
 そのため、遠出には向かない。岸から数百メートル程度の潮目付近を流すことが、かろうじてできる範囲だ。遠出に向かない理由は3つ。1、ペダルが重すぎて、遠くまで漕ぎ続けることができない。2、速度が遅すぎて、遠出しようとすると時間がかかり過ぎる。3、例えば、陸から海に向かって風の吹く日に、追い風を受けて容易に沖まで出たとしても、今度は帰ってこれなくなる。ましてや沖で天候の急変やボートの故障に見舞われたら、それこそ遭難である。だから遠出はあきらめなければならないのだ。
 ところでこのボート、意外に小回りは効くのだ。最小旋回半径約5m。360°回転するのに約25秒。これは、舵が効きやすいように、船底の後ろ半分にキールを持たせず、フラットな形状にしてあるからだ。船体が長くて(4.8m)小回りが効かないことを恐れてのことだったのだが、この点は期待以上の結果が得られた。
 このような性格の船だから、湾内の潮目でネチネチとナブラを追いかけまわすにはうってつけだ。しかし、それ以上のこととなると、結局、リスクが大きすぎてできないのだ。

 上の釣行の動画を含め、現時点で、3回の航行を行った。いずれも風向きと風の強さを選んでの航行だった。このボートでは、陸から沖に向かって風の吹く日は、怖くて漕ぎ出すことなどできない。

第3.5期、セール化計画

 そこで、もっと軽快な性質のボートを作りたい。船体の大幅な軽量化を最重点として、さらにダクテッド・インナーブレード・プロペラに磨きをかけ、全体的に水の抵抗を削ぎ落した、ペダルが軽くて、うんとスピードの出るやつ。それがペダルボート作製の第4期だ。
 しかし、その前にやっておきたいことがある。鈍重な船ではもちろんのこと、たとえ軽快な船であっても、風は怖い。特に陸から沖に向かって吹く強い風が。行きはよいよい、帰りは恐い。風を背に受け、調子に乗って沖まで出たはいいが、帰りは当然向かい風となる。風に押し戻されて、漕いでも漕いでも岸にたどり着けない。そのうち力尽きて・・・。実はカヤックでの遭難の半分以上がこのパターンだそうだ。
 この問題をどう解決すればいいか。風に逆らって・・・。いや、逆だ。風を味方につけるのだ。すなわちボートに帆を張るのである。これが第4期に取り掛かる前の、現行のボートに改良を加える、第3.5期の内容だ。

風上に進むヨット

 ヨットは風上に向かっても進むことができるという。そのことを知った時、「なぜそんな神秘的なことができるんだ?」と思った。そしてヨットの原理について研究を開始した。その結果、なるほどそういうことかと納得した。
 わかったのは次のことだ。ヨットが風上に向かって進むと言っても、まっすぐ風の正面に向かって進めるわけではない。左右それぞれ斜め45°ぐらいが限度らしい。しかし、斜め45°を左右に切り返し、ジグザグに進んでいけば、結果として風の真正面に向かって進んだことになるのだという。このとき、ヨットが横方向に流されないように、船底から垂直にセンターボードという板が突き出していて、このセンターボードが抵抗となって、横への動きを抑止し、ヨットは前にのみ進むという仕組みだ。ということは、風に対して角度を変えることのできる帆+センターボード=ヨットということになる。

ヨットが風上に進む原理

 上の図は、なぜヨットが斜め45°の風上に向かって進むことができるのか、その原理を図示したものである。ただし、本来はもっと複雑なものを、細部を捨象して、単純化してある。揚力とか抗力とか、私にはいまだに理解できないが、それはもういい。

操船の単純化

 ところで、ヨットの操船は奥が深く、競技レベルともなるとかなりの訓練を積まなければ習得できないらしい。しかし、物事には基本というものがあり、初心者はそこから入ってゆくものだ。ヨットの場合は次の2点が基本だ。1、風向きに対して、帆の角度をどのように制御するか。基本は風向きの角度の半分。2、帆を左右のどちら側に出すべきか。その切り替え。
 しかし、私は何もこれから本格的にセーリングを学ぼうというわけではない。ポイントへの移動にほんの少し風の力を借りたいだけ、しかも向かい風のときだけ。追い風のときは、何もしなくても、風がボートを運んでくれる。無風のときはペダルを漕ぐ。いっぽう本格的なセーリングでは、風の力を最大限効率よく活用することが重要だ。競技ともなれば、それが勝敗を決する。しかし私には不要だ。風の力を無駄にしたところで、私の体力は少しも消耗しない。ただポイントの移動に際して、多少余計に時間がかかるだけだ。
 そう考えたとき、私の頭にひとつのアイデアが浮かんだ。難しいことは考えず、帆の角度は固定でいいんじゃないか? 進行方向に対して22.5°。この帆の角度で、風上に対して左右45°以内は避けなければならないものの、そのほかのあらゆる角度の風に対して、ボートを進めるための助力が得られる。もちろん、この角度で固定だと、横風や追い風に対しては効率的ではない。適切な角度で帆に風を当てるという、本来のセーリングの醍醐味が台無しになる。それでも前には進むのだ。ただし、同じ22.5°でも、左右には切り替えられるようにしておかなければならない。とすると、下の図のようにすればいいんじゃないか?

帆の角度固定

 ロープの長さはあらかじめ帆の角度が22.5°となるように調節して結んでおく。だから風上左右45°までは進むことができる。私はそれ以外の270°の範囲で操舵する。その条件下では、私が何もしなくても、帆とセンターボードが自動的に働いてくれる。真風上に向かってジグザクに進むときには、ロープが左右に振れて、ぱたんぱたんと、帆が勝手に適切な方を向いてくれる。私は何も考えず、行きたい方向に向けて舵を切るだけでいいのだ。あるいは、ペダルを漕ぐことに集中してもいい。ペダルと帆の併用で、一層速度が出るだろう。
 無風のときや、ポイントに到着して釣りをするときは、帆が邪魔になるから、畳めるようにすればいい。釣りを終えて帰るときには、再び帆を揚げればいい。出航してから帰航するまで、帆の角度は一切変えない。なんて簡単なんだ。
 ま、実際には欲が出て、帆の角度を変えたり、いろんなことをやってみたくなるだろうけどね。

作業の開始

 帆とセンターボードを、独立したユニットとして設計し、ボートに後付けする。だからこの作業中も、ボートは海に出られる。
 ユニットの設計はそんなに難しい話ではない。帆が風にあおられ、ボートの進行方向に合わせてマストが回転する。簡単だ。マストを穴に挿しておくだけでいい。回転しないように固定する方がむしろ面倒だ。
 帆の角度を22.5度にするのも、ロープの長さを調整して、そこに結びこぶでも作っておけばいいだろう。
 帆を揚げたり降ろしたりするのは、滑車を使ってロープで操作すればよい。
 センターボードは? 出航時や帰航時には海底に当たるから、出し入れできるようにしなければならないだろう。これもロープでレバーを引けばいい。ロープを緩めれば、バネかなにかで自動的に水面から持ち上がり、ロープを引けば海中に降りるようにすればいい。
 これらの機構を1本の支柱に組み込み、その支柱ごと、後からボートに組付けられるようにする。このユニットの機能は、すべてロープ3本でコントロールできる。原理は実に簡単だ。とはいえ、作業量はそれなりにあるだろう。さぁ、また忙しくなるぞ。

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