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クリック付きマルチディスクドラグの考案

 アンバサダーがドラグのクリック音を奏でたのは、旧型のシングルディスクの時代である。中身を変えて作られた新型のマルチディスクのドラグでは、この機構は省かれている。かつてあったものがなくなったとすれば、古くからのユーザーにとって、それは「退化」と感じる。それが悔しくて、我慢がならない。
 もっともAbu Garciaは、ロープロファイルの最近のいくつかのモデルでは、このドラグのクリック音を復活させた。少しライトなベイトキャスティングリールが欲しかった私は、迷うことなくドラグクリックのあるモデル、REVO ELITE IB7を選んだ。このリール、主に堤防でスズキを釣るのに使っている。下の動画はシイラをヒットさせたときのものだ。やはり魚とのファイト中に、ドラグが鳴るのはごきげんだ。

 REVO ELITE IB7において、クリックを奏でるパーツは、とてもシンプルなものだ。下の写真のとおり、マルチディスクを構成する、ドラグがすぺった時に回転差の生じるワッシャーの、1枚目に歯が刻まれており、2枚目にピンが伸びているだけだ。

ドラグクリックのパーツ

 残念ながらこのパーツは、直径が大きすぎて、丸型アンバサダーのギアには入らない。それどころか、すでに持っていた初期のREVOにさえ、入らない。驚いたことに、初期のREVOのドラグは、シングルディスクだったのだ。

オリジナルのパーツ設計

 では、同じ形状のパーツを、サイズを小さくして自作すればよいのか? このことは以前にさんざん試みた。素人には無理なのだ。ヤスリの手作業で金属板を削るのだから、込み入った形状のものはできない。それ以前に、バネとして活用できる良好な材質のステンレス板が手に入らなかった。
 下の写真が、2009年の、私の苦心惨憺、試行錯誤の結果だ。このアイデアも、結局は弾力が弱くて、十分な音が出なかった。

2009年の試行錯誤

 愉快なのは、Abu GarciaがREVOに搭載した新方式のドラグクリックの仕組みが、原理的には私の試行錯誤と全く同じだったことだ。ところがプロの仕事が素人と違うのは、ちゃんとした材質のものを、しかるべき形状で完成させたことである。さすがはAbu Garcia、やればできるじゃないか。
 私がこれを愉快だと思う理由は、数年のタイミングのずれがあるものの、日本とスウェーデンで同じことを考えていた人間がいたことである。Abu Garciaの設計者が、直接、私の試行錯誤を参考にしたということはあり得ない。私がこれを当サイトの前身「“さよなら、アンバサダー”」に公開したのは日本語であり、Abu Garciaの設計者がそれを読めるとはとても思えない。とすると、別々に同じ考えにたどり着いたということになる。しかも私の方がちょっとだけ早かったぞと、今になって少し誇らしげな気分だ。
 ところが、私は自分のアイデアを早々に放棄した。肝心の音色が悪いのでは話にならない。結局、2012年まで試行錯誤を続けて、未完成のまま「“さよなら、アンバサダー”」は終了した。
 というわけで、今から取り組むのはその続き、まったくのオリジナルとなるのだ。

材質の選定

 弾力があって、粘り強く、折れずに、音を奏で続けるクリックピンの材質は、どのようなものがいいのか。それが課題である。かつて使ったスクレイパーのステンレス刃は、粘りが足りず、短期間で折れた。

折れたクリックピン

 大手メーカーなら、取引先からふさわしい材料を仕入れることができるのだろうが、素人にはそれができない。既存の商品を流用するしかない。とすると、候補になるのは、釣道具屋に売っている、天秤自作用のステンレス線である。直径1mmぐらいがちょうどよいだろう。
 弾力と粘りの点で、ステンレス線がいいのはずっと前から分かっていたことなのだが、難点は、ピンの固定である。金属には接着剤が強固には効かない。ハンダ付けは難しい。とすると、巻きつけるのがいい。しかし、どうやって?
 実は、3年間、考え続けた。昔のシングルディスクに戻して、オリジナル通りのクリックを組み込むのではなく、マルチディスクに進化した状態のまま、マルチディスク専用にクリックを設計するにはどうすればよいか? その課題に対して、昨年(2015年)には、自分なりの答えを見い出していた。ドラグワッシャーを単純な1枚の板と考えるのではなく、立体的な形状にすればいいのである。
 これから作るのは、ドラグを構成する複数のワッシャーのうちの、1番上の1枚。純正では下の写真のパーツの、立体化された代替物である。

1番上のワッシャー

 純正パーツの厚さは、上部の突起が1mm、周辺のワッシャー部の厚さも1mm、合計2mmの厚さがある。それを立体化して3mmの厚さにする。純正パーツは少し小さめに作ってあって、直径22.5mm。それを寸法きっちりの23mmにする。したがって材料は厚さ3mmのステンレスの板、幅が23mm以上あればよい。
 ステンレスの板を含む商品は、3mmまでの厚さのものなら、ホームセンターにふんだんにある。4mm以上の厚さのものを探そうとするなら、非常に苦労するのだが。下の写真は、棚を作るときのL字型の金具である。巾は余裕の30mm、厚さはちょうど3mmだ。

L字型の金具

 それを金属用のこぎりで切断して、単なる板にする。そしてドリルで、真ん中に直径5.5mmの穴を開ける。これがワッシャーの材料となる。

直径5.5mmの穴

水平線
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