パワーか、スピードか
ターゲットはヒラマサだ。何度か敗北を喫している。その経験から、この魚、手に負えないパワーとスピードを兼ね備えていることを思い知らされた。どう対処するか? パワーで勝負するか? それともスピードで勝負するか? その選択は成り立つのか?
正解はわからない。しかし釣りだけに限らず、私は人生の中から学んだ。正解は与えられるものでないばかりか、見つけるものでさえなく、自ら作り出すべきものである。言い換えれば、答えはあらかじめ自分の中にある。私がやるべきことは、自分の選んだ道を信じて、一歩踏み出すことだ。
私が愛機アンバサダー5500Cに与えるもの、それはスピードである。たとえそれがパワーを制約することになろうとも。その選択の理由を、以下に順を追って説明する。
ベイトキャスティングリールのドラグの特性
ベイトキャスティングリールは、逆転防止機構が、ハンドルに対して効いている。魚が強く引いたとき、ハンドルから手を放して耐えるとすると、その力は、スプール→ピニオンギア→メインギア→ドラグ→ハンドルシャフト→逆転防止機構の順で伝わる。したがって、もしドラグを強く締めた場合は、両ギアが強い力で噛み合うことになる。
したがって、ベイトキャスティングリールのドラグは、次の特性を持っている。
・ギアの強度を超えて、ドラグを強くすることができない。
・ドラグの強さは、ギア比の影響を受け、反比例する。
ということは、ベイトキャスティングリールをチューンして、よりギア比の高いギアと取り換えたなら、高速化に反比例してドラグの力は小さくなる。高速化してなおかつ元のドラグ力を回復させようとするなら、ドラグディスクの摩擦を高めなければならない。しかしそうやって元のドラグ力を回復したとしても、ピニオンギアは小さく弱くなっているから、どこかの時点でドラグの摩擦の強度が、ピニオンギアの耐破壊の強度を超えてしまうかもしれない。
これがベイトキャスティングリールの、ギアとドラグのチューニングにおけるジレンマである。このジレンマを解決する方策として、メーカー各社は、ピニオンギアを小さくせずにメインギアだけを大きくすることで、解決を図ろうとした。その結果が、筐体からメインギア部分がいくらかはみ出した、あのデザインである。
AbuGarciaはかつて、この問題をもっと根本的に解決しようと、意欲的に試みた。それが一時期5000/6000クラスにも導入された、2スピードモデルである。通常は高速ギアが働き、負荷がかかると自動的に切り替わって、低速ギアが働く。この機構は、いわば2重のドラグによってコントロールされていた。しかしそこにも問題は残されていた。高速・低速2段重ねのメインギアは、限られたスペースに収めるために、1枚当たりがわずかに薄くなっていた。これではギアの歯の強度を下げてしまう。加えて、得られる効果に対して機構が複雑になり過ぎる。2スピードモデルは試行錯誤の1つに終わった。
スピニングリールのドラグの特性
他方、スピニングリールの場合は、スプール→ドラグ→スプールシャフトの経路で伝わる力と、ローター→逆転防止機構の経路で伝わる力の2系統がある。いずれの力もギアには伝わっていない。ハンドルから手を放している限り、ギアには何の力も加わっていない。一転して、魚をリールで巻き寄せようとするとき、初めてスピニングリールのギアに力が加わるのだ。
したがってスピニングリールに関しては、次のことが言える。
・ギアの強度を超えて、ドラグを強くすることができる。
・ドラグ力がギア比の影響を受けない。
この特性によって、スピニングリールは、パワーとスピードを自動的に両立している。このことは、一般に知られている「ベイトキャスティングリールの方が、スピニングリールより、巻き取りがパワフルである」ということと矛盾するだろうか? これは力の伝導効率のことを言ったもので、上述の問題とは全く別である。
ドラグ力を補うサミング
さきほど、「スピニングリールは、パワーとスピードを自動的に両立している」と述べた。それはこういう意味だ。ギア比を高めてスピードを求めても、ドラグは弱くはならない。ドラグを滑らせて魚の疾走に耐えるときはパワフルであり、一転魚がこちらを向けば、ハイスピードで巻くことが可能だ。
ベイトキャスティングリールでも、自動的ではないが、そのような両立は可能だ。パーミングしている手の親指をスプールに当て、ブレーキを掛けることで、ドラグの弱さを補うことができる。そうすれば、ギアの選択においてスピードを優先しても、パワー不足に陥ることを避けることができる。
したがって、パーミングする左手の親指のポジションは、リールのバーやサムレスト上にあるのではなく、スプール上になくてはならない。だから私のパーミングはセオリーとは異なり、小指と薬指でトリガーを挟むのではなく、薬指と中指でトリガーを挟むことになる。このことによって、左手ですっぽりとリールを包み込んで手の中でハンドルを巻く感覚はいくらか損なわれるが、左手親指の腹で自在にスプールにブレーキをかけ、ドラグを補うことができる。
ただしこのやり方では、魚の疾走に強いブレーキをかけることはできたとしても、強引にリールで魚を巻き寄せることはできない。割り切りが必要だ。すなわち、魚をよせるのはロッドの仕事、リールの役割はラインをたるませないように素早く巻き取ることであると。
したがって、ヒラマサのようにパワーとスピードを兼ね備えた魚と対戦するときには、次のようなファイトの仕方となる。リールのスプールを左手親指で押さえて魚の疾走を止め、そのままロッドを起こし、親指を放すと同時にロッドを倒してリールを素早く巻く。すなわちポンピングだ。これの繰り返し。この時、リールのスピードがものをいう。
タックルのパワーに対する幻想
タックルにパワーがある。この言い方には、擬人化された幻想がある。タックルが魚とファイトしてくれるわけではない。魚とのファイトでパワーを発揮するのは、あくまでもアングラーの筋肉だ。そしてそれは、私に限って言えば、あまりにも非力で、大型のヒラマサをパワーでねじ伏せ、強引に巻き寄せることなどできない。だから、一定以上の強さを持つ過剰なタックルには、実践的な意味はない。
あるいは逆に、魚をパワーでねじ伏せることができたとしても、そのような釣りには、心奪われるほどの魅力を感じない。捕鯨は最高の釣りか? 断じて否である。油断すれば負ける。努力しなければ勝てない。そういうぎりぎりの勝負の方が、熱くなれる。強いタックルを持って、あのポイントに入りさえすれば、きっと釣れる。あとはアングラー同士の熾烈な競争だけ。そういうのは私は嫌いだ。
だから私は、例えば、再びアンバサダー7000Cを実戦投入しようなどとは、考えていない。あくまでも5500Cの可能性の範囲内で、勝負を挑みたい。それを私が使いこなして、さまざまな戦術を繰り出し、そしてなんとか勝利をつかみたいのだ。
戦術の確立に向けて
やみくもにパワーで勝負をしないとすれば、しかし、それに代わる戦術が必要だ。それを確立しなければならない。その出発点となる考察がある。“魚の疾走を許すことは、それ自身アングラーの敗北となるのか?”
そうではあるまい。魚の疾走は、魚自身から体力を奪う、魚にとっては諸刃の剣と言える。アングラーにとって重要なことは、それをコントロールすることだ。今までそれに気付かず、やみくもに止めようとした。それは強いPEライン5号を使っていた以上、さほど難しいことではなかった。しかしその直後、しばしば戦術の破綻を招いた。止めたはいいが、巻き寄せるまでのパワーは、私にも、タックルにもなかった。そこでラインテンションが緩み、魚に自由を与えてしまった。そして魚は根にルアーを擦りつけ、器用にフックを外して逃げて行った。あるいはリーダーを根に巻き付け、引きちぎって行った。
魚の疾走を止めることは、アングラーにとって諸刃の剣となるのではないか? 止めるなら、魚が疲れて自由を失った状態で止めなければならない。
では、魚が沖の根に向かって疾走したら、どうすればいいのか? そもそもアングラーがやみくもに魚を止めたがるのは、根擦れによるラインブレークを避けるためではないのか? ここから先は仮説だ。ロッドの長さを活用してラインに角度を生み出し、そのわずかな角度差で魚をコントロールすることができないだろうか? 魚を根に向かわせないために。その戦術を確立しなければ、一連の作戦が机上の空論と化すのは必定だ。それがこれからの私のチャレンジとなる。
選択の結論
こうして、ギアの選択には結論が出た。パワーや強度よりもスピードを優先し、ギア比は手に入りうる限りの高速、6.3:1でいく。そして、少しでも強度を確保するため、材質はステンレスだ。