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ウルトラキャストデザインからの回帰

「アンバサダーは進化していた。私の知らないところで」
 私にそう思わせたのが、数年前に購入したアンバサダー6500CSHスペシャルだ。雷魚用として販売されたモデルで、そのことを強調してモデル名はSH(SH=スネークヘッド=雷魚)スペシャルと表記されている。このモデルの売りは何といってもドラグが強いことだ。そこに惹かれて、ヒラマサ用に導入したのだ。

6500CSH

 分解してみてわかったことは、このリールの最大の特徴がドラグではなかったことだ。ウルトラキャストデザインを廃止し、スプールをシャフト一体式に戻し、なおかつスプール支持方法が進化していた。その結果、飛躍的にドラグを強くすることが可能となり、そのためにメインギアとピニオンギアがステンレス製とされている。
 そのことを詳しく見てゆこう。最初にスプールを点検する。

シャフト一体のスプール

 上の写真を一見して、まずはスプールとシャフトが分離したウルトラキャストデザインではなく、旧来の一体型に戻されていることに驚く。キャスタビリティーが向上するとあれほど鳴り物入りで導入したウルトラキャストデザインが、やはり強度的には不利だとAbu Garciaは認めたのか?
 そうではない。このスプールの最大の特長は、シャフトが一体か否かよりも、スプールを固定する支持方法の変化だ。その考察の手掛かりは、ハンドル側のスプールシャフトにはめ込まれたボールベアリングの位置と、そのボールベアリングを支持する仕組みにある。

ボールベアリング固定部

 上の写真で、プレートに3重の同心円が見える。中心側から順番に、ボールベアリングの支持部、遠心ブレーキのドラム、スプールの土手である。このモデルの外観上の特徴は、スプールの土手がフレームにあるのではなく、プレートにあることだ。しかしそのことは重要ではなく、本質はボールベアリングの支持部の位置だ。
 なぜボールベアリングの支持部がこんな場所にあるのか? それはスプールシャフトのたわみ・歪みを防ぐためだろう。それを下の図で考察しよう。赤いのがボールベアリングを表し、青いのが支持部である。

ボールベアリングの位置比較

 左が旧型の、スプールシャフトの両端にボールベアリングとその支持部があるモデル。真ん中はウルトラキャストデザインで、強度の点においては左のモデルと本質的には変わらない、ボールベアリングはスプール内にあるが、支持部はシャフトの両端にあるモデル。右はボールベアリングがスプールの間近にあり、その支持部もボールベアリングと同じ位置にあるモデルだ。
 ドラグを締めこんで、ラインに極めて強いテンションがかかった状態で、シャフトがたわんだり歪んだりしないのは、上の3つの中のどの構造か、容易に想像がつく。右端の構造が一番強い。とりわけ、真ん中の、スプールシャフトを3.5mmから3.0mmに細くしたウルトラキャストデザインのモデルと比べるなら、そのアドバンテージは一層引き立つ。
 構造を見直し、ウルトラキャストデザインモデルの弱点である、スプールシャフトの強度の不安を克服しようとしたのが、このSHスペシャルではないだろうか?
 ただし、このSHスペシャルは、実際には左側のボールベアリングの位置が、上述の考察の右端のモデルとは異なり、従来の旧型と同じ位置にある。それを図に示せば、下のようになる。2つの設計が折衷された、中途半端なモデルなのだ。

SHスペシャルのボールベアリングの位置

 そのことを写真で確認すると、下のようになる。

ここにはボールベアリングがない

 ハンドル側のボールベアリングは、スプールシャフトの根元に埋め込まれているから、シャフトの先端にはボールベアリングはない。キャップを開けてもそこはのっぺらぼうで、穴の中にシャフトの先端がのぞいているだけだ。
 ところがその反対側には、旧型と同じ場所にボールベアリングが存在し、キャップを開ければその姿を確認することができる。

ここにはボールベアリングがある

 しかもこちら側のシャフトは、ハンドル側のシャフト直径が3.5mmであるのに対し、なぜか3.0mmと一段細くなっている。このモデルでウルトラキャストデザインを排して、シャフト一体型のスプールを採用しておきながら、真剣に強度の向上を図ったのか? と疑いたくなる。
 Abu Garciaはなぜこのような中途半端なことをしたのだろうか? 過去の設計を流用したパーツの共用、すなわちコストダウンのためなのだろうか?

ギア比5.1:1の考察

 このモデルのギア比は5.1:1である。歯数は、メインギアが61、ピニオンギアが12だ。
 なぜベーシックモデルの5.3:1から、わずかとはいえ、わざわざギア比を下げたのだろうか? おそらくはピニオンギアの強度確保のためだと思われる。
 ドラグを強化することは、ブレーキ材の材質を選定することで容易に実現できる。しかし、ギアの強度がドラグに劣るのであれば意味がない。ドラグを締めればギアが破損することになる。そこでギア比をいくらか落とし、ピニオンギアの肉厚を、十分な余裕をもって確保するとともに、このモデルにおいてはメインギアとピニオンギアをステンレス製にしたのだ。

6500CSHスペシャルのギアとドラグ

 写真に見るとおり、このモデルは紛れもなく新型からの派生モデルであり、クラッチはシングルアクション、ドラグはマルチディスクである。ベーシックな通常モデルとの違いは、やはり両ギアがステンレスであること、ドラグのブレーキ材にガスケットが使用されていること、そしてアンチリバースの方式がワンウェイローラーベアリングとラチェットの併用であることだ。
 ガスケットシートを丸く打ち抜いて、ドラグワッシャーとして使用すれば強いドラグとなることを発見したのは、何かの思い付きだったのだろう。しかしそれだけでは済まなかった。滑りやすいワンウェイローラーベアリングも、ラチェットとの併用で、その強度を補わなければならなかったのだ。
 いよいよステンレス製のギアに注目しよう。一見してメインギアの形状およびサイズは、通常モデルと同じ規格で作られている。新型となら互換性がありそうだ。
 シャフト一体式スプールに戻ったこのモデルでは、スプールシャフトの直径も3.5mmに戻り、したがってピニオンギアの穴のサイズが旧型と互換性がある。しかし細部の形状には差異がある。まずは下の写真のとおり、ヨークが噛むくびれ部分の幅が1mmほど狭い。そのことは4.7:1のピニオンギアと見比べれば、すぐに気が付く。
 それでもヨークを取り付けることは可能だ。しかし幅がきつすぎて強く接触し、回転に大きな抵抗が生じる。

ピニオンギアのくびれ部分

 それだけではない。ピニオンギアのスプールと接合する部分の穴が小さいために、旧型5500Cのスプールには奥まで入らず、ピニオンギアの切れ込みとスプールシャフトのバーが噛み合わない。

 したがって、もし5.1:1のギアセットを、旧型5500Cに移植するなら、メインギアはともかく、ピニオンギアに関しては、大掛かりな形状変更の改造が必要となる。

5.1:1の真鍮バージョン

 下の写真は、アンバサダー7000Cコンパクトである。6500Cの筐体に、通常の39mm径より一回り大きな42mm径のスプールを押し込み、ラインキャパシティーを拡大したモデルである。

7000Cコンパクト

 私はこのリールを、ラインキャパシティーではなく、巻き取り速度に魅力を感じて、購入した。ギア比は5.1:1だ。このギア比から、6500CSHと同じ機構なのだろうと想像がつく。しかしスプール径が39mmから42mmに拡大したので、ギア比は同じでも、巻き取り速度は上がるのだ。39mmのスプール径に換算すれば、ギア比は5.5:1に相当する。
 このモデルはギア比からの想像通り、6500CSHと同じ機構で、同じギアを使っている。ただしギアの材質だけが異なる。6500CSHスペシャルではステンレス製だったのが、7000Cコンパクトでは真鍮製となっている。

真鍮製ギア

 7000Cコンパクトの方が後から販売されたモデルである。なぜわざわざ材質を変えたのか? ステンレスの方が強度では勝るはずなのに? 考えられることは2つ。真鍮のギアでも十分に強いから差支えないのか、それとも強度で妥協してコストを優先したのか。
 ともあれ、形状は完全に一致しているのだから、同じ使用するなら、少しでも強度で勝るステンレス製の方が好ましいのではないか。

ステンレス製ギアと真鍮製ギア

ステンレス製6.3:1のギア

 次のモデルは、アンバサダー6500Cハイスピード・ウィンチ・プラスである。これは、ギア比6.3:1のモデルが欲しくて、中古で買ったものだ。新品同様。ほとんど使われていない。
 もともと6.3:1のギア比は敬遠しようと思っていた。あまりにも小さなピニオンギアは肉厚が薄すぎて、十分な強度がないだろうと思っていたからだ。どれほど肉薄なのか、実際に確かめてみようと思って中古品を探していていたところ、このモデルを見つけたのだ。

アンバサダー6500Cハイスピード・ウィンチ・プラス

 購入後、さっそく分解してみて、驚いた。このモデル、6500CSHスペシャルや7000Cコンパクトと同じ構造なのだ。もっとも、パーミングカップのモデルなので、左側のカップは独自の構造となっているのだが。
 かすかな期待が生じた。ギアがステンレス製だったらいいな。果たして、その期待は満たされた。こんなギアを使ったモデルがあったのか。このギア、理想的ではないだろうか?

6.3:1ステンレスギア

 製造時期は、6500CSHスペシャルよりもずっと前だ。とすると、このモデルがより源流に近く、6500CSHスペシャルの方が派生モデルなのか。とにかく、一見しただけで真面目に作られた製品だということがわかる。
 まずは、スプールのパーミングカップ側のボールベアリングの位置だが、ハンドル側と同じく、ちゃんとスプールシャフトの根元にある。

パーミングカップ側のボールベアリング

 もちろんハンドル側のボールベアリングも、スプールシャフト根元にあるから、これは剛性と強度の観点からすると理想的なボールベアリングの位置だ。
 ついでながら、ハンドル側のキャップの中にもボールベアリングがある。これは本来なら必要のない、いわば贅沢だ。このモデルは、金メッキのパーツと言い、このボールベアリングの贅沢と言い、とても高級感のある作りだ。

ハンドル側のボールベアリング

 そしてなによりも好感が持てたのは、フットの接合方式である。溶接ではなく、カシメで留めてある。
 旧型のアンバサダーは、裏側に溶接の痕跡がないので、おそらくロウ付けでフットが接合されていたのだと思うが、最近のモデルはどうやらスポット溶接のようだ。このスポット溶接の品質が、Abu Garciaは悪い。今までに、6500CSHスペシャルと7000Cコンパクトの2回、フットが外れたことがある。
 こんなことなら、リベットやカシメで接合してあった方が、まだ安心できる。そう思っていたところ、この6500Cハイスピード・ウィンチ・プラスはしっかりとカシメられてあるので、好ましく思えたのだ。

リールフット

 さて肝心のギアだが、このモデルのギア比は6.3:1だ。歯数は、メインギアが63、ピニオンギアが10である。ただしベーシックなモデルから派生した真鍮ギア6.3:1のモデルとは、メインギアは材質が異なるだけで形状はまったく同じだが、ピニオンギアは形状も材質も異なる。こちらのギアの材質はステンレス。強度の点で大いに期待が高まる。
 ピニオンギアの形状は5.1:1のピニオンギアとほぼ同じだ。したがって、このピニオンギアを旧型5500Cに移植するなら、先端のスプールとの接合部に加工が必要となる。いっぽうで、ヨークと噛み合うウェストのくびれ部分の幅が、5.1:1のピニオンギアより、若干広い。試してみたが、無加工で旧型5500Cのピニオンヨークを取り付けることが可能だ。
 とはいえ、ピニオンギアは否が応でも大きさの制約を受けるので、強度に大きな不安が残る。5.1:1のピニオンギアと比べてみれば、非常に肉薄なのは否めない。

ピニオンギアの比較

 そもそも、ピニオンギアに働く力は、ねじれの力だ。個々の歯にかかる圧力によって歯が欠けることよりも、ピニオンギア全体にかかるねじれの力によって裂けることを心配すべきだろう。そうであるなら、ギアを破壊しようとする力に対して最も弱い部分があれば、他の部分がいくら強くても意味はない。最も肉の薄い弱い部分でねじ切れる。それはどこか? ヨークが噛むウェストのくびれ部分と、歯と歯の谷間の部分だ。
 ウェストのくびれ部分はいわばパイプになっていて、どのギア比のピニオンギアでも外径は共通であり、約4.2mmだ。他方、中心の穴の直径は、ウルトラキャストデザインのモデルで3.0mm、スプールシャフト一体のモデルで3.5mmである。したがってパイプとしての肉厚は、前者で0.6mm、後者で0.35mmということになる。
 したがって、ピニオンギアの歯と歯の谷間の部分が、このウェストのパイプ部分よりも強ければ(厚ければ)、なんら迷う必要はない。どのギア比でも強度に大した違いはあるまい。しかし、歯と歯の谷間部分がパイプ部分よりも深く刻まれていたとしたら、パイプ部分の強度より劣り、そこで裂けることになるだろう。
 この6.3:1のピニオンギアは、どうなっている? じっくりと観察してみよう。

ピニオンギアのウェスト部の拡大

 上の拡大写真により、明白だ。このピニオンギアは、歯の切削が、ウェストの最も細いパイプ部よりも深く刻まれており、この部分の強度をいくらか落としている。
 とすると、ここで優先順位に基づいた、取捨選択が迫られることになる。スピードをとるか、強度をとるか。

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