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ギア比5.3:1のメインギアの形状

 前頁で述べた歴史的な考察に多少の誤りがあろうとも、ここで重要なことは、5.3:1のメインギアは、その内部に格納されたドラグがマルチディスクであることだ。まずはシングルディスクとマルチディスクの違いを見比べてみよう。
 下の写真は、左が旧型の、ギア比4.7:1で、内部に1枚のドラグディスク(クリックホイール)を備えたメインギア。真ん中が、旧型ではあるが、サンドイッチ方式に改良された、ギア比4.7:1のメインギア。右が新型の、ギア比5.3:1で、内部に複数のドラグディスクを備えたメインギアである。それぞれ、写真の最下段が裏面である。

3種類の比較

 マルチディスクの原理は、メインギアに連動して回転するたワッシャーと、ブッシュに連動して回転するワッシャーが層をなして、互い違いに滑ることにより、摩擦抵抗を、シングルディスクの数倍に増幅して発生させることにある。したがって、マルチディスクならば、シングルディスクよりも強いドラグ力が得られる。もっとも実際には、やみくもにドラグを強くすることよりも、ブレーキ材をあえて摩擦係数の低い材質に置き換え、スプリングワッシャーを2枚に増やすことによって、安定して効き、微調整が可能となるように設計されている。
 マルチディスクのワッシャーの径は22.0mm(1枚目)と22.5mm(2、3枚目)で、シングルディスクの24mmよりも2mmほど小さくなっている。それどころか、両者の過渡期に位置するサンドイッチ方式において、クリックホイールの直径が26mmに拡大されたのと比べれば、4mmの縮小でさえある。わざわざ小さくしたのは、おそらく、2枚目のワッシャーの両端に耳がついているからだろう。
 そのような進化のために、新旧のギアは、ギア比すなわち歯数が異なるだけでなく、形状と機能に大きな違いが生まれた。下の写真では、左が旧型のギア比4.7:1のメインギア、右が新型のギア比5.3:1のメインギアである。
 旧型のギアの窪みにはドラグが滑った時にクリックを奏でるピンが備わっているが、この機能は新型では失われた。いっぽう、新型のメインギアの窪みには、2枚目のワッシャーの耳が噛み合うための凹みが設けられている。窪みの直径も異なる。旧型では24mmであったものが、新型では23mmと小さくなった。したがって、新型のメインギアの中に、旧型のクリックホイールは、入りさえしないのだ。

新旧メインギアの比較

 ところでより正確に言うなら、メインギア自身もドラグディスクとしての機能を有しており、ワッシャーとブッシュ底面との間に挟まれている。したがって旧式のシングルディスクといえども、実際には、クリックホイール、メインギア、ブッシュ底面の、3枚のディスクによって構成されていると考えることもできる。
 その考えをより突き詰めたのが、サンドイッチ方式だろう。表裏両面から革製のブレーキワッシャーでメインギアを挟み、ドラグの性能向上を図ったのだ。
 メインギアがユニットを構成するパーツのうち最も底面に位置するものではない以上、ギアの歯の位置する高さが新旧モデルで共通かどうかに注意を払っておかなければならない。この点においては、下の写真のとおり問題がない。
 ギアの厚みは、両ギアで同じ4.0mmだ。しかしギアの底面の形状が異なる。旧型4.7:1のギアは窪んでおり、新型5.3:1のギアは出っ張っている。それは、底面のブレーキ材を厚いグラスファイバー(ベークライト?)製のものから、薄い樹脂製のものに変更したためであって、セットにするとギアの歯の位置に変化はないのだ。

ギアの歯の高さ

カップの形状

 ドラグシステムの進化に伴って、カップの形状も変化した。1980年代〜90年代初頭、サンドイッチ方式により厚みを増したドラグのために、カップのハンドル基部に、ポッコリとしたふくらみが設けられた。そしてそれは、のちに進化した、やはり厚みを持つマルチディスクドラグのために、現行のモデルに至るまでそのまま引き継がれている。
 このふくらみの理由は、ひとえに、厚みを増したがためにギアからはみ出した、ディスクを収めるためのものである。下の写真に見るように、左端の旧型ではドラグディスクが完全にギアの中に収まり、はみ出していないが、真ん中のサンドイッチ方式と右端のマルチディスクでは、ドラグディスクがギアからはみ出し、その分厚みを増している。

ぽっこり

 このふくらみは、1980年以前の旧型のアンバサダーと、それに似せて作られた現在の非パーミングカップモデルとを見分けるための、外見上の違いとなっている。どんなに似せて作っても、旧型と新型には、このポッコリとした脹らみの有無、ハンドル基部のリングの大きさと形状、プッシュボタンの角度、そしてフレームプレート最上部にあるポッチの有無という、4つの隠しきれない違いがある。
 もし、新型の5:3:1のギアを旧型のボディーに移植して使う場合、ドラグシステムをマルチディスクでいこうとするなら、その厚みをどう処理するかが問題となる。

ギア比5.3:1のピニオンギアの形状

 ピニオンギアは他の4つのパーツと関連して働いている。
 もちろん1つめはメインギアである。メインギアとピニオンギアの間で、歯の傾斜角やモジュールといった規格が合わなければ、うまく機能しないことは言うまでもない。しかしここでは両者をセットで考えるので、この問題は生じない。

 2つめはスプール(旧型においてはスプールシャフトの接合部)である。ピニオンギアはスプールと噛み合うことによって、スプールに回転を伝える。その噛み合う方式には、アンバサダーの場合、2通りの方式がある。1つは「コ」の字型。この方式は旧型のアンバサダー5000/6000Cおよび1500/2500Cに用いられている。もう1つはバー型。旧型の5500/6500Cから現行の各モデルまでがこれである。バー型のモデル同士なら、ピニオンギアとスプールの噛み合いは基本的に互換性がある。

 ピニオンギアが関連する3つめは、スプールシャフトのスライド部分である。ピニオンギアは中心の穴でスプールシャフトに貫かれており、スプールシャフト上をスライドすることにより、スプールと噛み合ったり、離れたりする。これがクラッチの仕組みである。。したがって、ピニオンギアの穴の大きさが、スプールシャフトの直径と合わなくてはいけない。旧型4.7:1のピニオンギアと、新型5.3:1のピニオンギアとでは、この寸法が異なる。
 旧型のシャフトは、ボールベアリングが刺さる先端部が3.0mm、ピニオンギアのスライド部分では3.5mmである。したがってピニオンギアの穴の直径も3.5mmである。いっぽう、新型のシャフトは、スプール内に隠れる部分は旧型と同じく3.5mmであるにもかかわらず、ピニオンギアのスライド部分では3.0mmである。すなわち新型のピニオンギアの穴の直径は3.0mmなのである。
 ピニオンギアの穴の直径が、新旧で異なる。したがって新型のピニオンギアは、そのままでは旧型に使用することはできない。下の動画のとおり、スプールシャフトの途中まで、先端の直径3.0mmの部分までしか入らないのだ。

 4つ目はピニオンヨークである。ピニオンギアにくびれが設けられており、樹脂製のヨークがピニオンギアを掴んでいる。プッシュボタンなりサムバーなりを押下すると、このヨークがピニオンギアをスライドさせる。この部分の寸法は、幅3mm、直径約4.2mmで、新旧に互換性がある。

 以上に見てきたとおり、旧型5500Cに新型5.3:1のピニオンギアを移植する場合、問題はピニオンギアの穴の直径だけである。実は過去の経験で、ピニオンギアの穴を3.0mmから3.5mmに棒ヤスリで削って拡張しさえすれば、問題なく使えることを、私は知っているのだ。
 とは言っても、2つのピニオンギアを見比べると、その姿はあまりにも異なる。下の写真は、左がギア比4.7:1の旧型のピニオンギア、右がギア比5.3:1の新型のピニオンギアである。これで本当に互換性があるのかどうか、一見して不安になる。

ピニオンギアの比較

 まず気づくのは、全体的な高さが違うことだ。右のギア比5.3:1のピニオンギアは、ギア部分の長さが、左の4.7:1のピニオンギアより、ずいぶんと長い。この点については、ピニオンギアの後方には余分な隙間があって、十分にスライドできるようになっているので、ピニオンギアがつかえてクラッチが切れないという問題は発生しない。
 次に気が付くのは、くびれの位置が、5.3:1のピニオンギアの方が1mmほど下にあることだ。この点についても、ピニオンギアをスプールに押し付けるバネが、1mm程度の寸法の違いを打ち消して十分深く働くので、クラッチを繋いでもピニオンギアとスプールが噛み合わないなどの問題は生じない。

ギア比6.3:1の派生

 ギア比5.3:1の新型モデルから直接派生したのが、6.3:1のハイスピードタイプである。メカの基本的な構造および形状は5.3:1と同じであり、両ギア比のメインギアとピニオンギアのセットには、何らの加工も必要とせずそのままで互換性がある。
 ただし私が実際に確認したのは、5.3:1のモデルに、6.3:1のギアセットを別途パーツ購入して、移植してみることだけである。この場合は完全に動作し、不具合は何も生じなかった。しかし逆に、6.3:1のモデルに、5.3:1のギアセットを移植して問題がないかどうかは、試していない。もっとも、わざわざそんなデチューンをする意味はないと思えるのではあるが。

5.3:1と6.3:1

 上の写真は、左が5.3:1のギアセット、右が6.3:1のギアセットである。一見して両者を区別することは難しい。わずかに形状と寸法に差があるが、並べて見比べずに単体で判断しようとするなら、ピニオンギアの歯数を数えてみるしかない。ちなみにギア比5.3:1の歯数は、メインギア63、ピニオンギア12であり、ギア比6.3:1の歯数は、メインギア63、ピニオンギア10である。
(※かつて5.3:1の歯数を、メインギア64、ピニオンギア12と認識していたのは、老眼による数え間違いだったようだ。それとも今回が数え間違いなのか?)
 6.3:1のピニオンギアと、5.3:1のピニオンギアの形状と寸法は、同じ新型現行品であるにもかかわらず、これまた微妙に違う。下の写真は、左から4.7、5.3、6.3と、3種類のギア比のピニオンギアを並べてみたものだ。

3つのピニオンギアの比較

 6.3:1のピニオンギアは、ギア部分の長さは5.3:1と同じ、くびれの位置は4.7:1と同じである。結果として全体の長さが3つのピニオンギアの中では最も長い。それが旧型5500Cの中に収まり、十分な幅を持ってスライドすることによって、クラッチが正常に機能するかどうか、まだ実際には試してはいない。

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