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船体外側のコーティング

 外骨格をまとう、昆虫や甲殻類のようなボディー構造。そのためには船体の外側をエポキシで強固に塗り固めなければならない。しかし、それは試行錯誤の連続となり、大いに時間を消費する、きわめて困難な作業となった。
 次々と立ちはだかる問題を、知恵を絞ってひとつひとつ乗り越え、やっとのことで、前後左右、合計4本の船体のコーティングが終了した。しかし完全な問題解決を得たわけではなかった。積み残した課題があるが、その解決は後のペイントの工程に譲ろう。
 この工程で発生した問題点は以下のとおりである。

コーティング終了

紙とエポキシのFRP失敗

 当初の計画では、外骨格は合板へのエポキシ樹脂の含浸に加え、紙を貼って塗り固める予定だった。合板にエポキシを染み込ませたら、それはガラス繊維の代わりに木の繊維を骨材とした、一種のFRPということができる。さらに、紙をエポキシで塗り固めたら、それは紙の繊維を骨材とした一種のFRPとなり、通常ベークライトと呼ばれている。ベークライトは電気の絶縁性をもつため、一般的には電子回路の基盤として用いられるが、FRPとしての構造に着目すれば、強度的にも相当優れているはずだ。
 紙繊維は微細な隙間を多く含んでいるため、エポキシ樹脂の浸透がよく、エポキシが垂れるのを防いで、一度で厚塗りができるはずだ。そうすると、強度が高まることに加えて、密閉性も高まる。この船体には水漏れや空気漏れなど、僅かも許されないのだから。
 しかし、ここに誤算があった。水性ペンキで張りぼてを作った時には、紙は水に濡れてべろべろと柔軟になり、さまざまな形状に追従性がよかった。しかしエポキシ樹脂がいくら紙を濡らしても、紙は柔らかくならないのだ。船体の角に紙を折り曲げて貼り付け、その上から刷毛でエポキシを塗って表面の形状に沿わせても、すぐにぴんと立ってしまう。紙の繊維の意外な強情さには手を焼いた。

貼りぼて失敗

 もうひとつの誤算は、1枚ずつ紙を貼り付け、その上からエポキシで塗り固める作業は予想外に時間を食い、その間に混ぜ合わせたエポキシ樹脂が高熱を発して、煙を立てたことだった。さっきまでしゃぶしゃぶだったのが、急に粘り気を増し、こんもりと盛り上がったようになった。まずい。薄く塗ったエポキシは熱を保たないが、容器にたっぷり入れてあるがために内部に熱がこもり、その結果エポキシの懸架反応がさらに進み、それがますます熱を発するというふうに、反応が幾何級数的に加速しているのだ。このまま固まってしまえば、高価なエポキシを大量に無駄にすることになる。もはや丹念に紙を貼るのを諦め、慌てて残りのエポキシを全部塗りたくったが、伸びが悪く、船体の一部だけ極端に厚塗りになってしまった。この部分はあとでサンドペーパーで削っておかなければならない。
 それだけではない。紙を張り付けるとき、いったん気泡ができてしまうと、後からそれを除去することができない。紙の繊維は緻密過ぎて、エポキシと馴染んだらもう空気を通さなくなってしまうのだ。その気泡というのは、直径10cmもある、決して可愛くない大きさなのだ。当然気泡の部分は、エポキシが固まった後もべこべこと軟らかく、強度に不足を生じさせた。

単純なコーティングへの方針変更と問題発生

 こんもりと厚塗りとなってしまったエポキシの塊を除去する作業は、何日もかかって、大いに難航した。このエポキシ、手強い。ひとたび固まると、最も目の粗いサンドペーパーでもびくともしない。手にマメを作って一生懸命擦るのだが、微細な削りかすが生じるだけで、いっこうに削れてくれない。私は音を上げた。
 だがそれは、我ながら嬉しい悲鳴と感じた。こんなに硬くて強いのであれば、なにもわざわざ紙繊維のFRPにしなくても、エポキシの厚塗りだけで十分な強度があるんじゃないか? だから、こうしよう。エポキシ単体では垂れてしまうから、一度で厚塗りはしにくい。そこで薄く塗って、幾重にも重ね塗りをしよう。そうすれば最終的には厚いエポキシの層ができるだろう。
 ところがそれは大いなる誤算だった。

エポキシの硬化不良との闘い

 後で幾重にも重ね塗りをすることを前提に、まずは薄く塗ったエポキシ。いくらかは合板表面に吸収されたため、塗った直後よりもさらに塗層は薄くなった。まだ合板の地肌のざらざらが残っている。そこが厚塗りをしたときと異なる。厚塗りをしたときは、塗布面はカチカチ、ツルツルで、爪さえ引っかからずに、両手で船体を持ち上げにくいほどだった。
 ところが、薄く塗った今回、エポキシの表面はいつまでもネチャネチャで、いっこうに硬化が完了しない。24時間で硬化が完了するはずが、2週間たってもその状態が続いた。なぜだかわからないが、失敗したのだ。その間、日を替えて4本全部塗ったのだが、すべてそのような結果だった。
 疑ったのは2点。撹拌不足と、混合比率の誤差。5分もかけてしっかりと撹拌したつもりなのだが、もっとしっかり撹拌しなければならないのかもしれない。いっぽう、混合比率の誤差は考えにくい。デジタル秤を用いて、指定通り主剤2:硬化剤1で混ぜたのだ。だからここでいう誤差とは、メーカーの指定である2:1の指定そのものに誤差があり、厳密には2:0.9ぐらいなのではないのか、ということだ。
 撹拌は、こんなものでいいだろうという素人の感覚に頼らず、これでもかとばかりに徹底的にやらなければならない。そこで電動ドリルの力を借りて、これ以上はないというぐらいに徹底的に行った。

撹拌器

 混合比率に関しては、メーカーの公式見解ではないが、主剤を少し多めにすると硬化不良を避けることができるという、かつてロッドビルディングで得た知識に基づき、2:0.9を試してみた。
 その結果、多少の改善はしたが、完全な解決には至らなかった。しかし、エポキシに関するいくらかの知識、ノウハウのようなものを得ることができた。
 その1。どんなに徹底的に撹拌しても、エポキシの塗面はやはり硬化不足でべたつく。しかしそれでも時間が経てば経つほど、硬化は進む。
 その2。水平面に厚く塗った部分は硬化不良を起こさず、カッチカチ、ツルツルに固まる。
 その3。斜面や垂直面に塗ったエポキシは硬化前に垂れ、硬化不良を起こす。とくに滴になった部分は1ヶ月以上たっても完全には硬化しない。

しずく

 その4。硬化不良を起こした部分のべたつきは、湿度によって変化する。湿度の低い日はべたつかず、硬化が進んだものと思えても、湿度の高い日に触るとやはりべたつく。また、湿度が低くべたつかないときも、濡れた手で触るとべたつく。そして一度水分を吸った塗面は、その後乾燥しても、完全には硬化しない。
 これらのことから、エポキシの硬化を阻害しているのは空気中の湿気ではないのかと、感覚的な結論を得た。ただしそれは厚く塗った時には影響を受けにくく、薄く塗った時に大きな影響を受けるのだ。したがってできるだけ厚く塗るとよいということになるが、かたや滴となって垂れると極端に空気中の湿気の影響を受けるので、厚く垂れずに塗る必要がある。最初に紙を積層しようとして厚塗りしたエポキシが硬化不良を起こさなかったのは、その条件を満たしたからに違いない。

エポキシの性質

 これらの経験を積み、私は徐々ににエポキシの性質を理解し始めた。硬化前のエポキシは、水溶性もしくは親水性があるのだ。また、作業中に手に着いたエポキシは、タオルやティッシュで拭ってもなかなか落ちないが、石鹸でゴシゴシと水洗いすると、意外にもきれいに除去できるという経験も、このことを裏付けているのではないだろうか?
 では、滴となって垂れたエポキシが極端な硬化不良を起こすのはなぜなのか? もしかすると、主剤と硬化剤とを撹拌したエポキシが、時間が経つことによって、再び分離するのではないだろうか? 垂れなければ反応が始まって分離しないのだが、垂れると懸架反応が阻害され、主剤と硬化剤が分離するのだ。その結果、硬化不良を起こす。いや、因果関係が逆かもしれない。懸架反応から除け者にされたエポキシ分子が、ゲル化せずにサラサラのまま垂れるのか? そしてそのとき、空気中の湿気と水和することによって、さらに硬化が妨げられるに違いない。
 いずれにしても、エポキシを塗るときは厚塗りすることによって懸架反応のペアを十分に確保しつつ、垂れないようにしなければならない。だから紙を骨材に使うというのは、われながら的を射た発想だったのだ。しかし今となっては、垂れずに厚塗りできるのであれば、紙でもスポンジでも何でもいいということがわかった。

ピンホール問題

 問題はさらに発生した。合板同士を接着した継ぎ目のあちこちに、針で刺したような小さな穴がいくつも空いていた。この穴は船体の内部に貫通しており、このまま水に浮かべれば、そこから水が入ってしまう。なぜこんな穴が開いているのか? あれほど丹念に、内側からも、外側からも、刷毛でごしごしとエポキシを塗りたくったのに。しかも、何度も重ね塗りをしたのに?
 それはとても小さな穴で、下の写真の赤い丸印の中心にあるようなものだ。

ピンホール

 この穴だけなら、それが生じるメカにメカニズムを突き止めることができなかったかもしれない。しかし、合板の継ぎ目でもない場所、合板の平面部に微細な泡が生じていることに気づいて、私は理解した。

泡

 合板を貼り合わせたこの船体が、いわば呼吸をしているのだ。気温が上昇すれば、内部の空気が膨張して、息を吐く。気温が下がれば、内部の空気が収縮して、息を吸う。微細な穴は呼吸穴なのだ。何度重ね塗りをして穴を埋めても、そこを空気が通るたびに穴が復活する。この空気穴が合板の継目になければ、平面を貫通してでも呼吸穴を穿つ。それが泡の正体だ。この泡は決して撹拌に由来するものではない。
 船体がそれほどの正圧もしくは負圧で呼吸をしているのだとすれば、この先何度エポキシを重ね塗りしても無駄だ。圧力に対してもっと粘性があり、硬化の速いもの。そう、パテだ。この穴はパテで埋めなければダメだ。

コメリの裏切り

 次の課題が見えてきた。穴のパテ埋めと、全体的なサンディング、そして塗装だ。色は目立つものにしよう。船体下部が白で、上部はオレンジだ。ペンキをコメリに買いに行った。
 その際、使い切ったエポキシ接着剤の空き缶を引き取ってもらおうと、社員と思しき男の店員に頼んだところ、両手で遮られて「そういうのはもうできませんから」と言われた。私はこの店員は事情に疎いからそんなことを言うのであって、これまでのいきさつを知れば態度も変わると考えて、丁寧に説明した。「前々からの約束で、ここで購入したペンキや接着剤の空き缶は引き取ってもらえることになっているんです。そのために多少割高なのを承知で、この店で買っているんです」。するとその店員はめんどくさそうにこう言った。「そんなこと誰が約束したのか知りませんけど、うちのリサイクルセンターの方針が変わって、そういうことはもうするなと本部から通達が来たんです。だからいくら言われても、もう引き取れません」。
 私は納得がいかなかった。そんなの、だまし討ちじゃないか。買うときにはそんな約束をしておいて、そして何度かは実際に引き取ってくれて、一番高いボンドE206を4缶も買ったとたんに、本部からの通達を盾にそんなことを言うのか? この兄ちゃんじゃ埒が明かない。私は店長を捕まえて抗議した。しかし店長も「本部から言ってきた以上、どうしようもありません」と繰り返すばかりだった。
 チェーンストアの小売り店というのは、本部に頭が上がらない。多くの場合、店は客の方を向かず、本部を向いて仕事をしている。どの分野のチェーン店も、多かれ少なかれ、そんなもんだ。だったら、自分で本部に言ってやるさ。
 コメリの本社に抗議のメールを送った。返事は「貴重なご意見として、関係部署に伝えます」だった。それから1週間して、私の携帯電話にコメリからのショートメールが入った。「コメリカード3万人達成の記念として、お客様に1,000ポイント進呈が当選しました」。なんかわざとらしいな。これで黙れってことか?

モノタロウの肩透かし

 同じボンドE206 3kgセットが、コメリでは4セットで45,360円(1セット当たり11,340円だが、4セット単位でなければ購入不可)、アマゾンなら 1セットから購入できて、7,270円。いかにコメリが高いかわかる。
 高くても販売後のフォローもちゃんとしてくれるのならば、私は喜んで高い金を払う。しかし高いうえに売りっぱなしなら、そんな店に存在意義など認めない。とは言っても、さすがに悪名高いアマゾンを利用するのは気が引けるから、モノタロウで購入するとして、同じ商品でモノタロウの価格は1セット10,573円だ。それでもコメリよりずっと安い。もうコメリなんか金輪際利用するもんか。年間数10万円の私の売り上げを、全部モノタロウに移してやろうじゃないか。
 ところが、このボンドE206、モノタロウでは取り扱い終了となっていた。「※毒物及び劇物指定令の一部改正に伴い、一部商品につきまして2018年7月1日より新たに劇物指定となるため、弊社での取り扱いを終了しました。」だって。いったいどうなっているんだ?

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