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失敗からの教訓

 前回の失敗は、直接的にはもちろん機関部の破損によるものだったが、船体の作製を軽視してはならないという教訓を浮き彫りにした。自重100kgもの船体がいかに航行性能を制約し、結果として安全を損なうか、身をもって理解した。
 そこで今回は船体の作製から始める。船体をできる限り軽く作り、その時点でパドルによる航行テストをきちんと行う。そのうえで、パドルとの併用で、足こぎ推進機関を作るという手順だ。
 すでに決定した通り、今回の船体は、材料として合板を使用し、ステッチ・アンド・グルーの手法を用いる。すると、前回のコンセプトとしてあった、絶対に沈まないようにするために発泡スチロールを浮力体として活用するという発想を離れ、今回は、合板で囲んだ気室に密閉した空気を、いわば浮力体として活用することになる。いい加減な作りでは、空気が漏れ、浸水し、沈没することもありうる。そうならないためには、十分に練った設計が必要だ。今回は手を抜かず、縮小モデルの作製から取り組むことにする。

合板による船体構造の構想

 船体は前作と同様、前後2分割、左右に2本、合計4つのパーツで構成する。それぞれの長さは、前作では180cmだったが、それでは軽のワンボックスカーの荷室に収めたとき、運転席を圧迫するほど窮屈だったので、今回は160cmでいく。すなわち船体の全長を3m20cmにするのだ。
 まずは船体の前半部。この部分は波を切り裂いて前進するための、先端が尖った形状をしていなければならない。そしてその幅がなだらかに増してゆく流線型。しかも水を左右に切り分けるだけでなく、波が船体の下部へと潜り込むことによって、波乗り性能をも保持する。そのような立体的で複雑な形状を、平坦な合板でいかにして作り上げるか。切って、貼って、曲げて? それしかあるまい。ならばその展開図をどうすればいいのか? サイコロのように単純ではない。これには相当頭を使うしかなかった。
 この問題には数カ月を掛けた。ボール紙を使って、スケール10分の1のモデルをいくつも作った。試行錯誤を繰り返し、改良を重ねた。

試行錯誤

 そして現時点ではこれがベストという展開図を導き出した。

船体前部

 試行錯誤を始めた段階では、組み立てながら各部を膨らませたり凹ませたり、さまざまに細部の形状を微調整しなければならなかった。それにより船体全体が予想外に反り返るなど、予期せぬ形状になった。そのたびに展開図に改良を加え、最終的には、本番での組立ての作業工程を想定し、合板を切って曲げて貼るだけの単純なものにすることができた。
 下の動画が組立ての工程である。各パーツはシンプルな形状をしており、無理な力は加えていない。多少難しいのは、湾曲をコントロールすることぐらいだ。本番で使う合板はボール紙と違って、そうたやすく変形できないだろうから、複雑な形状にはできないのだ。
 なお、ボール紙は折り目をつけることができるが、合板はそうはいかないので、本番では切って貼ることになる。

 船体の後半部も同様だ。ただし、後半部には波を切り裂いて進む機能は要らない。船体後部が渦を作らず、抵抗なく海面を滑ってくれればそれでいい。だから前半部のような複雑な形状にはする必要がない。展開図はずっとシンプルなものになる。

船体後部

 したがって、組み立てるのも単に切って貼るだけだ。

節の構想

 上記がカニの殻に相当する外骨格系なのだが、これだけだと強度が不安だ。そこで竹の節のような輪切り状の仕切り板を9枚仕込むとともに、縦にも全体を貫く節を1枚入れる。節の形状は、すなわち船体の各部における横断面だ。船体後部は単純だが、船体前部は複雑だ。船体前部における節の形状と寸法を導き出すのに、三角関数をも用いた計算が必要となる。
 船体前部においては、基本的に、外殻を構成する各面パーツの形状は三角形だ。しかしそのうちの一面だけ、角度を変化させながら、ねじれ、湾曲し、流線型を実現するための面がある。下の断面図でいえば、Eがそれだ。

試行錯誤

 上の断面図において、E面の角度θの変化をコントロールすることにより、船体の上下のシルエットと左右のシルエットを決定できる。それにはシミュレーションが必要だ。θが決まれば、各直線部の寸法は計算で求めることができる。その際、一部に三角関数を使うことになるが、エクセルの関数機能で可能だ。おまけに流線型をなす寸法のなだらかな変化をも、エクセルのグラフ機能を使ってシミュレーションできる。また、計算結果から逆算して入力値を探す「ゴールシーク」の機能も有益だ。その結果、節を入れるべき船体前部の断面位置の寸法は下表のように決定することができる。

寸法表

 こうしてシミュレーションによって細部を煮詰めていくと、外殻の寸法も決まってくる。その前提として、船体の幅は40cm、高さは中央部が20cm、船首部が25cm、天板は円弧上に湾曲しており、円弧の厚みは5cm、したがってその半径は42.6cm、そして円周部は41.6cmとなる。とすると、それを実現するための各部の寸法は、下図のとおりと決まる。

船体前部の寸法

 船体の後半部はずっと単純だ。前半部と同様、横断面となる節を9枚、縦方向に貫く節を1枚入れるが、この寸法は1次直線的に変化してゆくだけだ。
 作業手順は、外殻を作ってから節を入れることはできないので、先に節を作り、それを外殻で覆うことにする。
 いよいよ合板を使って本番に取り掛かる。

水平線
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