アクリル素材の検討
スクリュープロペラの素材を、アルミからプラスティックに変更する。その利点は、加工がしやすいこと、軽量なこと、そして海水で腐食しないから塗装が不要なことである。反面、欠点は割れやすいこと。アルミなら衝撃を受けて歪むところ、プラスティックなら割れてしまうだろう。スクリューが多少歪んでも浜に帰れるが、割れてしまえば帰れなくなってしまう。そもそも安全性を優先して、素材にアルミを選んだのだ。
しかし、もはや選択の余地はない。プロペラが重いことは、駆動系の破損の原因になる。例えば、軸受の急速な摩耗とか。衝撃には強くても、耐久性がなければ、信頼性が低い点では同じことだ。
プラスティックの中でも、ホームセンターで簡単に手に入り、耐食性・耐候性に優れ、接着剤で接着しやすいものとなると、まずもってアクリル板だ。硬質塩ビ板も安くていいのだが、80℃で軟化すると書いてあったから、避けた。夏の炎天下の自動車の中ならそれぐらいになるだろうから。その点、アクリル板なら180℃までの耐熱性がある。ホームセンターで3mm厚のアクリル板を買ってきた。
アクリル板の欠点は、傷が入るとそこで割れやすいことだ。しかしそれは2mmとか3mmの厚さの板の話だ。積み重ねて接着し、塊にすれば、相当強いに違いない。それでも念のため、キャスト製法のアクリル板を選んだ。キャスト製法というのは、押出し製法と並ぶアクリル板の製造方法のひとつで、キャスト製法のものの方が押出し製法のものよりもいくらか価格が高いが、より強度があるらしい。
設計の再確認
なぜそれほどまでにスクリュープロペラの破損を気にするのか? それは下の図のようにプロペラが船底から下へ大きく突き出しているからだ。排水量の小さな、軽くて浮力の高いボートだ。吃水は浅い。したがって船底よりもスクリューが下に位置していないと、ブレードが海面から出てしまう恐れがある。
その結果、例えば浅い場所で航行中に、海底から突き出した岩にプロペラをぶつけたりしたら、ひとたまりもあるまい。
では、下の図のように、プロペラを小さくする代わりに数を増やして、下への突き出しを少なくすればどうだろうか? 例えば上の図のプロペラが直径30cmだとして、下の図では直径20cmが2基だとすれば、ブレードの面積は9分の8に減るが、その分回転を高速化すればパワーは落ちない。
もっと極端なことだってできる。下の図は、直径15cmのプロペラを5基並べたものだ。パワーは同等以上に出る。
プロペラの数を増やして直径を小さくすればするほど、船底下への突き出しは少なくなる。そしてパワーも同等に出る。いいことずくめだ。しかしそれは理屈のうえであって、実際にはメカが複雑になればなるほど壊れやすくなる。物理的に壊れるのと、メカ的に壊れるのと、どちらの方がリスクが高いだろうか? あるいはまた、機構が複雑になってギアの数が増えれば、その分メカ的な抵抗も増える。限られた筋力で、回転させるシャフトの数をあまり増やさない方がいいのではないか?
そんなことより、そもそも浅瀬の海底でプロペラを擦ってしまうぐらいなら、岸からそう遠くないわけだから、オールでこぐなり、泳いでボートを引くなりして帰ってこれるんじゃないか? ありもしない想定を心配するより、物事をもっとシンプルに進めた方がいいのではないか?
よし。意志は決まった。プロペラは当初の設計通り、30cmを1基でいく。
ギア比の見直し
せっかく失敗したのだから、材質をアルミからプラスティックに変えるとはいえ、まったく同じことをやり直すのは芸がない。転んでもただでは起きない。どこかひとつでも改善した上でやり直したい。
ずっと気になっていたことがある。ブレードの角度だ。中心部で立ち過ぎている。これはギア比の制約によって決まったことだ。
入手できる市販のステンレス製汎用ギアの中で、最もギア比の高いべべルギアが、4:1だった。ペダルを1秒間に最大2回転させるとして、最高速は1秒間にプロペラ8回転となる。その条件で時速12kmの水流を発生させようとしたら、外周部のブレードの角度は約23°と計算された。外周部で23°ということは、中心部ではもっと角度が立つ。ところがブレードの角度は立っていればいるほど、低速域では水を無駄に撹拌させることになる。すなわちエネルギーがロスして効率の悪いプロペラということになる。
プロペラの回転速度を上げることができれば、ブレードの角度はもっと寝ていていい。そのために増速ギアをもう1組追加することにしよう。最初からそうしなかったのは、費用をけちってのことだった。ギア比1:1のべべルギア(マイタギア)は価格が安いが、増速べべルギアとなるとべらぼうに高いのだ。どうせ一度転んで傷だらけになって立ち上がるのだ。それをけちらないことにする。そうすれば理想的なブレード角度が手に入るのだから。
追加で購入したべべルギアは、自重の軽いMCナイロン製のべべルギアの中で、最高速のギア比2:1のものである。もともと予定していた超高額ステンレス製4:1のべべルギアに、2:1のギアが加わることによって、トータル8:1の高速ギアが手に入ったことになる。
そうすると、計算のやり直しだ。
最初に1秒あたりのブレード外周部の回転移動距離を求める。
ブレードの直径30cm×円周率3.14×ペダル1回転あたりプロペラ8回転×1秒間にペダル2回転=1507.2cm
次に、目標の時速12kmを秒速に換算すると
12km×100,000cm÷60分÷60秒=秒速333.3cm
この比率を求める。
333.3cm÷1507.2cm=0.221
タンジェントの値が0.221となるのは12.47°。
厚さ3mmのアクリル板を、1枚当たり13.5mmずつずらして積み重ねれば、12.47°にすることができる。これが肝心な数値だ。
さあ、再度作業に突入するぞ。