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木製パーツへの樹脂含浸

 ここで新しい技術を試してみることにする。それは木製パーツへの樹脂の含浸である。その目的は、木製パーツの耐久性の向上である。
 これまでの経験で、ウォールナットは十分に強く、耐久性があることははっきりしている。しかし木だから微細な穴があり、そこに海水が浸み込み、そして乾く。それを繰り返しているうちに、オイルで仕上げた表面がざらつき、オイルは簡単に剥げてしまう。オイルが剥げることそのものは構わない。またオイルを塗ればいいだけだ。しかしそれを繰り返しているうちに、木の肌の表面の微細な穴が大きく目立つようになり、削り出したばかりのころのむっちりと目の詰まったウォールナットの特徴が徐々に失われてゆく。
 ではそれを避けるために、ニスでも塗ればどうかというと、ニスは簡単に剥げてまだらになり、見るも無残な様相を呈する。それにせっかく木の温もりのある表面が、ニスのつるつるの味気ないものになってしまう。
 ならばニスを表面に塗るのではなく、内部に染み込ませればいい。微細な穴をニスが埋め、耐久性が向上しつつも、木の表面は温もりのある肌が生きている。そのようなことができないだろうか。それが木への樹脂含浸だ。
 通常そのような加工には真空窯が使われる。真空により木の内部の空気が吸引され、そこに樹脂が染み込む。しかしそのような装置を素人が所有し、使いこなすことは難しい。そこでそれに代わる簡便な方法を考案した。木のパーツを熱して内部の空気を膨張させる。その状態でニスを塗れば、冷えて空気が収縮するときにニスを内部に吸引するに違いない。
 その思惑どおりにうまくいった。まずはパーツを熱するところから。下の動画では3重にラップで包み、ジップロックに密封して、鍋で1時間煮込んだ。ラップの耐熱温度は140℃、ジップロックの耐熱温度は100℃。ラップは何ともなかったが、ジップロックには収縮が見られた。

 1時間の加熱後、密封したジップロックはパンパンに膨張していた。それを引き裂き、100℃に達したパーツを取り出す。ジップロックの中の水分は、密封状態から浸み込んだ鍋の熱湯ではない。木の中から出てきた水分だ。
 熱々のパーツを樹脂に浸し、ひっくり返して、上から樹脂を流し続けた。そうしながらパーツが冷えるのを待つ。パーツが冷えれば中の空気が収縮し、樹脂を木の繊維の奥深くにまで吸い込む。
 この樹脂は通常のニスではなく、溶剤を含まない2液性のウレタンだ。もたもたしていると硬化が始まる。室温では半日経たないと硬化しないが、100℃近くにまで熱せられると、すぐに硬化する。急がなければならない。樹脂が十分浸透したら、硬化する前に、表面のウレタンをさっさと拭い取ってしまう。ティッシュペーパーだと屑が残るので、コピー用紙を使った。

 

 ウレタンが硬化したら、もう一度ウレタンを筆で塗布する。その目的は、紙で擦り過ぎて細孔部のウレタンが剥がれたり凹んでいたりしていてはいけないので、念のために少し盛っておくことだ。とは言っても、ウレタンを厚くする意図はさらさらない。どの道後で削り取ってしまうのだから。ごく少量のウレタンを、塗るという感じではなく、ごしごしと擦り付けるだけだ。

 ウレタンが完全に硬化したら、それをサンドペーパーで削り取る。ウレタンの目的は表面を塗装をすることではなく、木の細孔を埋めるためなので、せっかく塗ったウレタンを全部削って剥がしてしまう。それでも細孔内にウレタンは残り、海水の浸透を防いで、耐久性が向上するはずだ。
 サンドペーパーは目の細かいものを使う。動画では1500番を使っている。しかも水研ぎだ。水を使わなければ、摩擦熱によってウレタンが粘り気を帯び、きれいに仕上がらない。したがって使用するサンドペーパーは、耐水タイプである。
 サンドペーパーがけが終わったら、ロウで磨き、最後に亜麻仁油を塗布する。

 これで当初意図したとおり、木の肌の温もりは損なわず、木の内部に樹脂を染み込ませ、耐久性を向上させることができた。手に触れた感触はウォールナットそのものであり、見た目もオイルフィニッシュと何ら変わらない。これと同じことを、EVAグリップの口輪にも、リールシートのネジを延長させるスペーサーにも、施しておいた。ただし口輪は小さなパーツなので樹脂を内部深く浸透させる必要がないため、簡便にドライヤーの熱を利用した。
 この作業によってどれだけの樹脂を木の内部に染み込ませることができたのかを検証するため、あらかじめパーツの重さを測っておいた。トリガーグリップの重さは、この工程の前には86gだった。それが、この工程の後には89gとなった。単純にその差3gのウレタンが浸透したと言うのは正確ではあるまい。熱を加えたことによってトリガーグリップから何gかの水分と膨張した空気が排出され、その代りにウレタン樹脂が浸透したのだ。したがって厳密には3g+αのウレタンが浸透したのだ。

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