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 これより駆動系の作製に突入する。
 私は工作に関しては素人なので、あらかじめの設計図に基づいてパーツを作り、ネジを切って、ビスやボルトで組み立てることはできない。そんな設計能力はない。行き当たりばったりに接着剤で張り合わせ、つじつま合わせをしながら、組み立ててゆくしかない。したがって機構の末端から作って行く。いわば、指を作ってから手のひらを作り、手首や肘、そして腕を作り、最後に心臓を作るのだ。

プロペラハウジングの作製

 私がプロペラハウジングと名付けたのは、プロペラシャフトを回すギアボックスのことだ。これで2重反転シャフトの一方の端を包み込み、互いに反転する2つのギアで、プロペラシャフトに固定されたひとつのギアを回す。したがってコの字型に3つのギアを組み込む。
 まずはその材料を揃えた。購入は家の近くのホームセンターとインターネット通販のモノタロウを利用した。(写真に4つのギアが映っているのは、当初、補助的な役割のギアをもう1つ加えて、ロの字型に4つのギアを組み込もうと考えたからだ。しかし、よく考えたら、そのようなことをしても全く無駄だと気付き、やめた。)

材料

 プロペラを回すギアは、シャフトが直交し、ギア比1対1のべべルギアを使う。べべルギアのうち直交1対1のものをマイタギアと呼ぶらしい。購入すべきギアを探すなら、「マイタギア」で検索すればいい。ここでは私は小原歯車工業株式会社の、MCナイロン製、モジュール2.5、歯数20のマイタギアを選択した。以前なら「プラスティック製のギアで大丈夫か?」と懸念しただろうが、アクリル製プロペラで相当苦労した今なら、プラスティックでも十分強いと確信できる。
 筐体にはアクリル板を使う。アクリル素材には、プロペラの作製で味を占めた。今や、アクリルの接着や整形には独自のノウハウがある。これを活かして筐体を組み立てることにする。
 プロペラシャフトはステンレス(SUS304)の棒で、直径10mmだ。ステンレスには多彩な種類があり、単にステンレスと呼ぶ一般的なものでも、大きく分けて400系と300系の2種類がある。400系は鉄とクロムの合金、300系は鉄とクロムとニッケルの合金だ。400系は価格が安く、300系は多少値が張るが、耐食性がより優れる。であるならば、選択すべき素材は、断然SUS304だ。プロペラケースは海中に没して機能するのだから。

設計の基本思想

 設計図はない。それでも頭の中にはおぼろげに完成象を思い描く。そこに様々な問題点が思い浮かぶ。SUS304でも、海水に晒されれば、多少の錆は免れまい。では、ハウジング内に海水が入り込まないようにするにはどうすればよいか。たとえ入り込んだとしても、錆びないようにするにはどうすればよいか。さらには、たとえ多少の錆が発生したとしても、致命的な問題にならないようにするにはどうすればよいか?
 それは、具体的には、こういうことだ。軸受けにはボールベアリングを使うか、それとも、ナイロンのスリーブを使うか。ボールベアリングを使えば、摩擦抵抗を低減でき、エネルギー効率の良いメカになる。反面、価格は高く、錆びる可能性がある。他方、ナイロンスリーブは単純な構造で壊れることも錆びることもないが、摩擦が大きく、どの程度摩耗するのかが未知数だ。
 もしボールベアリングを使うとすれば、錆びに強いボールベアリングには、3種類がある。SUS400系のボールベアリング、そしてSUS300系のボールベアリング、そしてセラミックのボールベアリングである。
 普通にステンレス製ボールベアリングと言われているものは400系で、内輪、外輪、ボールの3つがSUS440C、シーリングと保持器がSUS304のものだ。これは比較的安いが、鋼鉄製のものほどではないにしても、海中で使えばやはり錆びる。だからせめて300系の、内輪、外輪、ボールまでもがSUS304で作られたものを使いたい。しかしこれは値が張り、1個数千円もする。セラミックのものだと、内輪、外輪、ボールがジルコニア(模造ダイヤ)でできていて、錆びの心配は皆無だ。しかし衝撃には弱く、何よりもべらぼうに高価で、SUS304のボールベアリングのさらに2倍の値段がする。さあ、どうする?
 私は決断した。なにもプロペラを指先で回そうというわけではない。ぐいぐいと足でこぐのだ。多少の抵抗は問題ない。ボールベアリングはなしだ。ナイロン樹脂のスリーブを使う。さらには、多少抵抗を上乗せすることにはなるだろうが、シャフトにパッキンを設けて、防水性を高め、SUS304のシャフトが海水と接することさえ許容しない。錆びの心配に対する完全なシャットアウトを目論んだ。
 このように、私は決断した。それがのちに予期せぬ大問題を引き起こすことになろうとは知らずに。

 
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