研究の開始
前章で、スピニングリールのスプールへの巻き形状を、スプールの位置とオシレーション幅だけによって考察したのは、不十分だった。私は問題の本質を見逃していた。カーディナル33に行ったチューニングを、44に対してもできるはずだと思ったとき、そのことに気付いた。
私のカーディナル44は、やはりライントラブルが多いのだが、それは33のようなスプールへの先細り巻き形状のためではない。44のスプールは下の写真のような巻き形状だ。
33ほどではないが、かすかに先細りではある。しかし私が気づいたのは、巻き上がったラインの輪郭が、平たんではなく、波打っていることだ。
下のイラストで、デフォルメして見てみよう。
スプールの上半分と下半分に山ができている。中央部が谷である。そして上下のエッジ付近にも谷がある。
山があれば、ライン放出時に、そこで崩れる。まずいのはラインが出てゆく方向に向いた斜面だ。上に向いた斜面は、先細りの巻き形状と同じ役割を果たす。山が2つあるので、その斜面も2カ所にある。逆に下に向いた斜面はABSと同じ役割を果たす。それも2カ所だ。
この巻き形状の傾向は、チューニングによって改善した33にも認められる。下の写真は、チューニング後のカーディナル33の巻き形状だ。下巻きに12ポンドテストのナイロンモノフィラメントを巻き、その上から0.6号のPEラインを巻いた。そのときには、下巻きに太いナイロンモノフィラメントを使ったから、こんなふうに波打ったのだと考えた。
しかし、下巻きなしで最初から4ポンドテストのナイロンモノフィラメントを巻いた33のスペアスプールでも、下の写真のように、よく見ると微かに波打っている。
ということは、こんなふうに波打つのは、下巻きが太かったためではなく、カーディナルの33と44がもともと持っている、共通の特質なのだ。
そこで考察だ。そもそも、なぜカーディナルの巻き形状は、2つの山を持つのだろうか?
カーディナルのオシレーションの仕組み
カーディナルのオシレーション(スプールの往復運動)は、メインギアに設けられたクランクの役割を果たす突起に、Cリングでコネクションロッド(コンロッド)が接続され、そのコンロッドがスプールシャフトに、一定の可動幅をもって接続されていることによって機能する。
この仕組みによって発生するスプールの上下の運動は、等速往復運動ではなく、三角関数が含まれたものだとは思うが、コンロッドとスプールシャフトとの角度変化というもう1つの関数が含まれているために、容易に想像してみることができない。おそらく三角関数が2つ含まれた、複雑なものなのだろう。
だが、複雑な機構の運動を解析してみるためには、「その構成をより単純ないくつかの要素に分解して考えてみるとよい」という鉄則がある。それを実践してみよう。
もっとも単純なオシレーションモデル
下の写真は、スピニングリールとしては、おそらく最もシンプルな構造のものだ。ワゴンセールで安売りしていたので、懐かしさのあまり(と言ってもかつて所有していたわけではないが)、2つばかり買っておいた。1個千数百円という、私が買ったリールの中で1番の安物だ。買った後も使ったことなど1度もない。それを初めて分解してみた。
オシレーションの仕組みは、メインギアの中に突起が仕込まれていて、それがスプールシャフトに固定された水平方向の溝の中をスライドする。突起の動きは本来は円運動なのだが、x軸方向には横方向の溝の中で往復運動、y軸方向にはスプールシャフトの上下の往復運動に分解され、スプールを上下に動かす仕組みだ。
このオシレーションなら、コサイン曲線を描くと、簡単に想像がつく。時計で12時の位置を0度とすると、角度θの場合のオシレーション位置はcosθで表される。
ハンドルを一定の速度で巻くとして、それを、横軸が時間(=ギアの回転角度)、縦軸がオシレーション位置のグラフに表わすと、下図のようになる。
片方で、等速往復運動のグラフは、下図のようになる。
とすると、安物スピニングリールは、オシレーション位置が上端と下端で、移動速度が遅くなるので、スプールの巻き形状は上下が厚く、中央が薄いものになるだろうと想像がつく。
カーディナルのオシレーションの特徴
さて、カーディナルに立ち返ろう。カーディナルは上のシンプルなモデルとは異なり、コンロッドがスプールシャフトに固定されておらず、一定の角度幅で接続部が可動式になっている。このことがオシレーションにどのような影響を与えるのか?
まず思いつくのは、スプール位置がもっとも上にくるのが、12時の位置ではないことだ。
次に気付くことは、スプールシャフトがメインギアの中心から外れてオフセットされた位置にあるために、スプールが上昇するタイミングと下降するタイミングが、角度でいえば180度ずつの均等ではないことだ。
下の図は、スプールが最も上昇するタイミングと、最も下降するタイミングを重ね合わせたものだが、メインギアの中心を挟んで180度反対側ではないことがわかる。
ここまでを考察したところで閃いた。コンロッドは振り子のように働いている。局面は4つだ。クランクの動きでスプールシャフトを上げる、下げるの2局面。コンロッドの振り子の動きでスプールシャフトを上げる、下げるの2局面。2×2=4。その4つをそれぞれ描いてみればいい。
ところが、実際に区分してみると、あと2つ足りなかったことに気付いた。クランクと振り子が相反する方向に働くとき、どちらが勝るかということだ。それも考慮に入れて局面を区分すれば、最終的に次の6局面のサイクルとなる。
a)クランク運動で下がるうえに、振り子運動でも下がり、下がり方が加速される。
b)クランク運動で下がるが、振り子運動で上がるため、下がり方が減速される。
c)クランク運動でまだ下がっているが、振り子運動の上がる方が強く働いて、上がる。
d)クランク運動で上がるうえに、振り子運動でも上がり、上がり方が加速される。
e)クランク運動で上がるが、振り子運動で下がるため、上がり方が減速される。
f)クランク運動でまだ上がっているが、振り子運動の下がる方が強く働いて、下がる。
このサイクルを踏まえて、メインギアの回転360度のうち、上の6局面を区分してみれば、下図のようになる。
こうなると、複雑すぎて、私の頭ではとても理解が及ばない。そこで観点をひとつに絞って考えてみる。この6サイクルの運動によって、カーディナルのオシレーションはコサイン曲線を補正し、等速往復運動へと近づいているのか、否か?
その答えは、否だろう。複雑な動きで、スプール位置が上がるときと下がるときとで、オシレーションの動きは線対称ではない。しかし回転のサイクルとして見れば、ほぼ点対称をなしており、斜めに歪んだコサイン曲線を描くはずだ。だからスプールへの最終的な巻き形状は、シンプルなオシレーションとそうは変わらないだろう。
すなわち、スプールの上端と下端でオシレーション速度が遅くなるために厚く巻かれ、中央部ではオシレーション速度が速まるために薄く巻かれる。要するに、下図のようになるはずだ。
しかし、実際にはカーディナルの巻き形状は、そのようにはなっていない。44のスプールの写真を再度ここに貼り付けると、こうなのだ。
こうなるはずだと思った結果にならない。それは仮説が間違っていたということだ。コサイン曲線ではないのか? だとすれば、ABUはカーディナルにいったい何をしたんだ?
ずっとそのことを考え続けた。そして44のスプールの巻き形状のあることに気付いた。中央部は予想した形状と差はない。異なっているのは、上部と下部だ。そこで次のような仮説を立ててみた。
あの偉大なるABUの設計者は、オシレーションの理想は等速往復運動とは思いつつも、その実現にアイデアを絞り出す努力を払わず、実は意外に単純な方法で問題の解決を図り、スプールの巻き形状を均一に近づけようとしたのではないか? ただ単に、スプールの幅を広げただけ、という。
オシレーションの幅以上にスプールの幅を広くするとどうなるか。上図のように、スプールの上部と下部に隙間ができることになる。しかし実際には、その隙間へとラインが滑り落ちて巻かれる。すると最終的にはこんなふうな形状になるだろう。
この予想図と実際の巻き形状は、ぴったりと一致している。まさかABUの設計者はほんとにこんな安直な方法で解決を図ったのか? おいおい、それじゃカーディナルが可哀想というもんだ。
仮説の検証
いままでスピニングリールのオシレーションの上下幅は、スプールの上下幅とぴったり一致しなければならないものと思い込んでいた。だからABUが考えたであろうことは、全く意外だった。そんな安直なやり方で!?、というのは、しかし現時点ではまだ仮説でしかない。ここから先は検証が必要だ。
仮説から「だから、カーディナルはオシレーションの上下幅より、スプールの上下幅の方がいくらか広いはず」ということが言える。それを実際に測ってみればいいのだ。仮説を立て、その帰結が実際と一致したなら、仮説は正しいということになる。
カーディナル44で測ってみた。スプールの上下幅は14.4mmだ。いっぽう、オシレーションの上下幅は13.0mmだ。1.4mmほどスプールの幅の方が広い。安物のプラスティック製のノギスで測ったからいくらか誤差はあろうが、結果を覆すほどの誤差ではありえない。
仮説は検証された。正しかったのだ。結論はこうだ。カーディナルのオシレーションは、本質的にコサイン曲線を描き、スプール幅を若干広くすることでそれを補正しようとはしているが、その結果2山ができる歪な巻き形状となっている。
新たな挑戦
スピニングリールも奥が深いんだな。オシレーションひとつでこんなに頭を使わなければならないなんて、思いもしなかった。でも、スピニングリールの細部をこんなに意地悪な目で見るのは、私がベイト使いだからじゃないかな。もしスピニングリールに慣れていたら、当たり前だと思って、こんなこと考えたりはしないだろう。スピニング使いのアングラーはこんなふうに思うはずだ。ベイト使いってバカじゃないの?
それにしても、可哀想なカーディナル。おまえはABUから本当に愛されたのか? だが私がもっと深く愛してやろう。おまえの巻き形状を、とことん均一なものへと、私のこの手でチューニングしてやるよ。
だけどちょっと待ってね。今、季節は、それどころじゃなくなっているから。