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スピニングタックルへの憧れ

 私よりずっと年上の世代で、すでに釣りから引退したような人の家で、無造作に古いタックルが壁に立てかけられていたりすると、とてもかっこいいと思う。
「若いころはよくやったもんだが、最近は出かけるだけで難儀するから」とか言って、もはや釣りに欲を示さない。タックルを手に取って見せてもらうと、それは使い古されたリョービのスピニングリールだったりする。
 こういう話では、リールはミッチェルかカーディナルなのがお約束なのだが、それはのちの時代に後付けされた神話だ。あのころ、ミッチェルやカーディナルを使っているアングラーなど、周囲で見たことがなかった。
 国産のリールだって、使い込まれたものはそれなりの雰囲気をまとう。そんなのを見ると、スピニングリールもいいなと思う。もし私がスピニングタックルで釣りをしていたら、どんなアングラーに成長していたんだろう? それはありもしなかったもうひとつの人生、手の届かなかった遠い世界への憧れだ。

カーディナル33

 中古屋できれいなカーディナルを見つけると、ついつい買ってしまう。その心理は自分でもうすうすわかっている。国産の新品を買って今から使い込もうなんて気は、さらさらない。わざわざ何10年も前のリールを手にして、そこにもうひとつの人生を重ねてみようとしているのだ。

スピニングリールからの肘鉄

 ときどき無性にスピニングタックルが使いたくなる。けど、フィールドに持ち出せば、決まって肘鉄を食らう。ラインがちりちりに撚れて、キャスト切れが多発するのだ。必ずしも古いカーディナルだからではない。実はダイワの比較的新しいモデルも持っている。それでもいやというほどのライントラブルに見舞われる。ラインが撚れるのは、リールの新旧は無関係で、横に巻かれたラインを縦に放出するスピニングリールの構造的な問題だ。

レブロス

 なぜ私がこうもスピニングタックルを使うのが下手くそなのか、その理由はわかっている。ライントラブルを避けるためのメンテナンスを施さず、これでもかとばかり投げ続けるからだ。そう、昔からスピニングタックルでは、それが禁物だった。チャンスが来るまで、無駄なキャストはするな。ナイロンモノフィラメントの時代、例えばワラサ狙いで、ラインは細くても16lb。ボイルが始まるまでキャストはせず、ロッドを肩に担いで待つのだ。私だけがトラブル知らずのベイトタックルで、20lbのラインを使い、マシンガンのようにキャストし続けていた。それをスピニングでやったら・・・。

ソアレ

 若い友人からアジングに誘われた時にも、私は嬉々としてスピニングタックルを揃えたが、結果は惨憺たるもので、一晩でラインの大半を失うありさまだった。もつれたラインをほどいている時間が、釣っている時間よりも長いくらいだった。見かねた友人が教えてくれた。
「キャスト後の巻き始めに、スプールから出てるラインを引っ張って緩みを取り除くと、『ぴょん吉』を防げます。あと、リトリーブはロッドを横にして、ラインに少しテンションをかけてやると、キャスト時の『バサッ』が減ります」
 見ていると友人はそれだけではなく、キャストしたルアーが飛んでいる間、左手をスプールに添えて無駄なラインの放出を抑えていた。そうか、フェザリングか。どうせ着水時にベイルを戻すのだから、そのついでにというわけだな? なるほど、それで彼はハンドルを巻いてベイルを戻すのではなく、左手で直接ベイルを戻すのか。でも、ミッチェルやカーディナルはそれができないんだ・・・。
 それはともかく、友人のアドバイス通りにやると、確かに効果はあった。トラブルは減った。しかし、ゼロにはならなかった。この油断ならないタックルへの不信、イライラする。

踏んだり蹴ったりのベイトフィネス

 流行りのベイトフィネスに救いを求めた。2gより軽いジグヘッドは使わない。だったらベイトフィネスでアジングができるんじゃないか? ベイトならライントラブルを気にせず、思いっ切りやれるんじゃないか? なにより生粋のベイト使いとしての自負があった。ベイトのアジング、オレがやらずして誰がやる?
 わざわざ1時間半かけて街まで出かけ、大きな釣り道具屋へ行った。そして「ベイトフィネスのタックル一式が欲しい」と告げた。
 店員は言った。
「リールは絶対左巻きをお勧めします。手返しが全然違いますよ。なに、すぐに慣れます」
 私は店員のアドバイスを受け入れ、言われたとおりの品を買った。リールはアブガルシアのディサイダ―左巻き、ロッドはソルティーステージのKR−Xだった。

ベイトフィネス

 夕方、堤防へ行ってキャスティングしてみた。まったく話にならない。ダメだ、こんなもの。2gどころか、4gでもキャストできない。そもそもベイトフィネスってのが難しいうえに、左巻きなんて使えたもんじゃない。キャストするのにハンドルがどちら側にあっても関係あるまいと自分に言い聞かせるのだが、耐えがたい違和感は拭いようがない。一度しか使わず、部屋の隅に放棄した。
 ちくしょう、釣り道具屋に騙された!

もう一度スピニング

 性懲りもなく、またもやスピニングに浮気心が芽生えた。きっかけは、偶然見つけたロッドだった。おあつらえ向きにカーディナルにマッチする色使い。スラッシュボイルという、どこかのメーカーのアジングロッドだった。
 そのロッドのEVAのグリップをむしり取って、スミスふうのクラシカルなコルクグリップに替えた。これで憧れのトラウトロッドのように見える。使うリールは、少し前に中古屋で見つけて買っておいたカーディナル33。これでタックルだけは妄想の通りだ。暑苦しいアンバサダーじゃなくて、涼し気なカーディナル。こんなタックルでアジングするオレってソークール!

トラウトふうタックル

 ところが、カーディナル33に初めてラインを巻いて、愕然とした。なんだ、この先細りの巻き形状は? これではライントラブルがすごいことになりそうだ。

先細りの巻き形状

 なんだ。カーディナル33って、こんなやつだったのか。がっかりだ。こんなんだったら、あの時代に新品で買って使っていたとしても、やがては国産のいいやつに乗り換えていただろうな。そしたら、年老いた私の部屋の片隅に、使い古された傷だらけのカーディナル、なんて話はあるはずもない。とんだ幻想だった。

カーディナル33のチューニング

 だけど、今回は少し違う。すでに手間暇かけてロッドを改造した手前、そう簡単には引き下がれない。アンバサダーなら、いままで散々改造に明け暮れ、海で思う存分使えるようにしてきた。スピニングだからと言って、たとえリールに裏切られても、泣き寝入りはしない。このカーディナルを手なづけ、何とか使えるようにしてやろうじゃないか。
 幸い、カーディナルの改造に関しては、幾人か先駆者がいて、ネット上でそのノウハウを公開してくれている。それを参考に、私なりにやってみよう。
 よし、決まった。これから始めるのはパラレルワールド。『スピニング使いの私』だ。

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