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駆動パネルの作製

 半分水中に没し、水中部分に備えたスクリュープロペラと舵板によって、ボートの前進後退と左右への旋回を機能させるパーツを、駆動パネルと呼ぶ。
 前回は、厚さ20mmの板を2枚貼り合わせ、貼合わせ面に溝を掘ってシャフトを通した。その結果、10kgを優に超える重いものとなった。今回はそれを合板で作り、ごく軽いものにする。

駆動パネル

 シャフトを通すために前回は板に溝を掘ったのだが、今回は1辺15mmの角材で骨組みを作り、両側を厚さ3mmの合板で覆う。したがって、合計の厚さは21mm、前回の半分だ。これによって水の抵抗も半減できる。
 こんな薄くて軽いもので、ボートの推進力、旋回力を受け止めることができるのか? 多分大丈夫だ。これってハニカム構造と似ているから。こういう構造のものはけっこう強いはず。
 2系統のシャフトは、推進系で2ヶ所、旋回系で1ヶ所、全部で3ヶ所あるギアで、回転軸を方向転換する。そのために、パネルにはギアが噛み合うための小窓のようなものが、3ヶ所開いている。さらに、大きな「コ」の字型の空間があり、ここにスクリュープロペラと舵板が配置される。
 軽量化のために空洞が生じるが、その空洞に海水が侵入しないように、エポキシ接着剤で入念に密閉する必要がある。シャフトが通るトンネルには、どうしても海水が入る。それでも他の空洞には水が入らないように設計している。

スクリュープロペラの作製

 前回の失敗作では、スクリュープロペラは2枚羽で、直線の短冊を、中心を支点に少しずつずらした積層構造とした。この積層構造は、理想的な羽根の形状を自動的に整形してくれる、便利な工法である。

2枚羽

 しかし、今回は前回と同じことをするのではなく、多少なりとも進化を果たしたい。そこで、3枚羽で行くことにする。
 スクリュープロペラの羽根の枚数は、スクリュープロペラの進行方向の厚みと反比例する。羽根の数が多ければ多いほど、厚みは薄くできる。反面、羽根が多ければ多いほど、それだけエッジが増え、水の抵抗は増すだろう。今回は、適度なところで、3枚がいいのではないかと判断する。

3枚羽

 前回はアクリル板を短冊に切って使った。しかしこの材質は、厚みがあり過ぎて、後の工程で段差を滑らかに削るのが骨だった。もっと薄いもので、最初から段差をなくすことはできないか? そこで今回は新たな材質、紙を使用する。
 商品名で言うと「美濃表紙」または「板目表紙」と呼ばれるものだ。要するに厚めのボール紙である。それにエポキシ樹脂を染み込ませつつ、積層してゆく。ところで、紙にエポキシを染み込ませて積層したものは「ベークライト」と呼ばれる。したがって今回はベークライトでスクリュープロペラを作るということだ。
 もうひとつの工夫を取り入れる。直線的なプロペラの羽根を作って、後からそれを流線型に削るのは、非効率ではないだろうか? 最初から丸みを帯びた短冊にすればいいのではないか。そこで下のように凝った形状を考え出した。

極端な湾曲

 しかし、これは失敗だった。2次元から3次元を作り出すための空間能力が、私には乏しい。数学の苦手な私の頭脳では予測できなかったが、下の写真のようになってしまった。これでは水流に働く遠心力が大き過ぎて、エネルギーのロスが多く生じる。

失敗

 この失敗は痛かった。そこに多大な時間を費やした。2週間。複雑な形状を110枚切り抜くのは並大抵の労力ではなかったのに。しかし気を取り直した。極端なことをして失敗し、その誤りに気づく。ものごとの学び方としては理想的ですらある。この失敗からは大いに学べた。
 さあ、やり直しだ。湾曲をもっと控えめなものにして、ようやく適度な流線型を実現することができた。

成功

 それにエポキシを染み込ませた。ボール紙はよくエポキシを吸う。塗るというのではだめだ。ドバドバのエポキシに浸すというぐらいの大量のエポキシが必要だった。
 エポキシが硬化したら、段差を削った。アクリルよりもはるかに削りやすい。ヤスリとサンドぺーパーで苦もなく削れた。成型後に再度エポキシを塗った。そしてシャフトを刺して完成だ。積層の縞模様がまるで木目のように美しい。でも、後でペンキを塗るから、この縞模様は消えちゃうんだけどね。

完成

スクリュープロペラ設計に関する補足

 ここから先の記述は、自分でもスクリュープロペラを作ってみようという人向けだ。詳細を記すが、多くの人には退屈だろう。
 今回のスクリューは、風速10mの向かい風に耐えることをコンセプトとしている。ボートの推進力が風速10mの向かい風と釣り合う。したがってそれ未満の風なら、進むことができる。そのような推進力を持ったスクリュー。ギア比は10で、1秒間に10回転。直径は30cm、3枚羽根、中心には直径5cmの円筒部。材料はボール紙で、その厚さは0.7mm。では、1枚当たり何ミリずつずらして積層すればいいのか?
 この設問には、計算で答えることができる。エネルギーと質量・速度の関係式は、(エネルギー量)=(係数)×(質量)×(速度の2乗)である。
 まずは風速10mの風がボートを押し返すエネルギーを計算式で表してみよう。
 風を受ける投影面積(ボートと乗り手)は約5,700平方cm。その投影面積に当たる空気の体積は1秒間に5,700リットル。空気の質量は1リットル当たり約1.4g。空気5,700リットルの質量は7.98kg。したがってボートが受けるエネルギー量は、何らかの係数が必要であるだろうのを省いて、1秒当たり7.98kg×(10m/秒の2乗)=798で表される。
 次に、スクリュープロペラが発生する水流のエネルギー量を798とした場合、その水流の速度はどれだけでなければならないかを求めよう。
 プロペラの直径は30cm、ただし中心部5cmに羽根はないので、発生する水流はドーナツ形で、その断面積は約687平方センチ。水の質量は1リットルで1kgなので・・・。これを表計算ソフトに入力してゴールシークで答えを求めると、秒速2.26mが必要であることがわかる。
 さらに、それだけの水流を発生させるためのプロペラは、1秒間に10回転、3枚羽で、羽根1枚当たり120度の中心角を持つ、すなわち3枚の羽根が隙間なく円周を覆っているとすれば、進行方向の長さ(あるいは厚さと言えばいいのか)が約7.5cmでなければならない。ボール紙の厚さは0.7mmなので、107枚必要となり、1枚当たり円周部で約3mmずつずらして積層する必要がある・・・ということになる。
 この計算、本当に正しいのか?

水平線
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