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まったりと餌釣りでも

 いまや毎週のように一緒に釣りをする若い友人がいる。10数年前に職場で知り合った。彼は腕利きのバサーだった。私も釣りが好きだと言うと、バス釣りに誘われた。私はアンバサダー5500Cを装着したロッド一本、ルアーはもっぱらラパラで、彼の操船するボートに乗り込んだ。数は彼の方が釣ったが、私は大きいのを1本釣った。それは不思議な体験だった。私にとってブラックバスは苦手な対象魚で、たまにやればいつもボウズだった。そのとき釣れたのは、きっと彼のポイントの選び方がよかったのだ。
 互いに転職して職場は別々になったが、しばらくの間彼のバス釣りに同行した。彼はどんなタフコンディションでも、他の誰にも釣れなくても、きっちりと結果を出した。しかも、多くのアングラーが小さなワームをサビキのようにしゃくっているときに、彼は絵に描いたようなバスフィッシングを実践した。ゴムでできたイモリやザリガニを岸際の茂みにぶち込んだり、深く潜らないクランクベイトを水面に引き波を立てて引いたり。まるで魔法のようにバスが釣れた。私がそのさまに舌を巻くと、彼は私に「パターンフィッシング」を教えてくれた。身にはつかなかったが、その理論のラジカルさには感心した。
 その彼がやがて海のアジングを始めた。「わびさびの世界ですよ」と彼は言った。ときどき誘われて一緒に行った。アジングのタックルは彼からお古を一式もらった。

アジング

 そのころ私はヒラマサやヒラスズキに夢中だった。彼も「おヒラ様を釣りたい」というので、私の知っているポイントに案内した。彼はまだ海に慣れていなかった。何度もヒラスズキををヒットさせるのだが、取り込みで波にもまれ、フックが伸びたりラインが切れたりした。イナダのポイントにも案内した。やがてそれはヒラマサへとエスカレートした。その後今日に至るまで、何年もの間、毎週のように行動を共にしてきた。

イナダ

 その彼がときどきルアーでの釣りに飽きると、「まったりと餌釣りでもしませんか」と言った。「お、いいねぇ」と応じ、二人で延べ竿に唐辛子浮きをつけて、ベラやウミタナゴなど堤防の小物を釣った。その後、彼は本格的に磯釣りの道具をそろえ始めた。竿は、まるでルアーロッドのようなグリップの付いた、シマノのボーダレスという振出竿だった。
 やがて彼の狙いはメジナ(グレ)へと向かう。「競技会が成り立つような釣りが好きなんです」と彼は言った。なるほど、バスとメジナには「トーナメント」という共通項があった。
 この時点では「餌釣りなんかに一生懸命にはなれない」と感じていた私も、長年の友を大切にしたい一心で、中古屋で安い磯竿を買い、磯での餌釣りに付き合うことにした。

ゼロから始めた新しい釣り

 今年、2016年の2月。早朝にヒラスズキを狙った後、何度かの磯釣りで、カワハギやタカノハダイを釣った。その時使った中古の磯竿はリョービの4.5m。リールはミッチェルの308番。浮きがぴょこぴょこ動くのは新鮮で面白かった。それは気負うところの全くない、気楽な釣りだった。

リョービの中古磯竿

 確か3月の上旬のことだ。ある磯のポイントで、二人してぽつぽつと小物を釣っていたとき、少し離れた場所では上物釣りの上級者と思しき釣り人が、大きな魚を次々と釣り上げていた。私たちは遠くからその様子を観察した。
 魚はメジナに違いない。35cm程度か。息つく暇もないほどポンポン釣っている。ポイントはかなり遠くだ。沈み根があって、サラシができている。そこへ遠投して仕掛けを入れる。すぐに魚がヒットする。ずいぶん強引なやり取り。根があるからか。ごりごり巻き寄せている。強い竿だ。真っ赤な釣竿。見た感じ中通しの竿らしい。それにしてもメジナってあんなにポンポン釣れるものなのか?
 私たちには、とりわけあの赤い竿が印象的だった。「あんなふうに釣りたい。あの竿が欲しい」「きっとシマノのファイアー・ブラッドっていう最高級品でしょう。高いですよ、あれ」「いくらぐらい?」「10万」「うへっ」
 私は新しい竿が欲しくなった。それまでの中古の磯竿は釣り味がまったくよくなかった。ガイド位置が狂っていて折れそうなぐらいに穂先が曲がるし、ちょっと大きめな魚がかかるとカクカクといびつに曲がった。やっぱダメだな、リョービの安物は。古くて汚いし。もっと上等で、使い心地のいいのが欲しいな。
 3月上旬に意を決して、若い友にメールしてどんな竿がいいか訊ねた。シマノかダイワの、5.3m、1.2号がいいと返ってきた。すぐに釣り道具屋へ行った。一番安いのは1万円を切っていた。けど、それではリョービと変わらないだろう。もう少し上のクラスがいい。1万5千円ぐらいの。そう考えて買ったのは、シマノのアドバンス・イソ。言われた通り5.3mの1.2号だった。そしてプロマリンの安物だったが、スピニングリールもセットで買った。

シマノのアドバンス

 アドバンスは決して高級品ではないが、いい曲がり方をする、すこぶるごきげんな竿だった。今どきの磯竿はここまで進化したのか。昔の磯竿とは違って、カクカク曲がるようなことはなかった。ルアータックルなら、かつて舶来品のまがい物を作っては安売りしていたシマノやダイワの製品は買いたくないが、伝統ある磯竿なら両社に全く文句はない。さすがはシマノ。素直にいい竿だと認めた。
 そのころ、季節のせいなのか、私たちの腕が上がったのか、面白いほどアイゴが釣れた。私は生粋の上物師ではないので、外道だからといってアイゴを敬遠しなかった。手のひらサイズのメジナを釣るぐらいなら、サイズもあって引きの強烈なアイゴの方が楽しかった。若い友は私と同様関西出身なので、アイゴは最高においしいのだと言って、釣れたらハサミですぐに毒のある背びれの棘を切り、キープした。

アイゴ

 緒戦においてシマノの竿は存分に真価を発揮した。満月のように弧を描き、そこで耐えていると、やがて魚が浮いてくる。なるほど、磯竿っていうのはこういう使い方をするのか。ルアーロッドとは少し使い方が違うんだな。けっして高い竿ではなかったが、私にはそれで充分だった。
 若い友が私の竿に関心を示した。「シマノの上物竿はよさげですね」。彼が使っているボーダレスは穂先がチューブラーで、全体に細身ではあるが、魚を浮かせる力は弱いのだそうだ。そこで彼は、同じシマノではあるが、もっと高いクラスの竿を買った。ライアームという、オレンジ色の塗装がアクセントになった、印象的な竿だった。

のめり込み、夢中になる

 私たち二人には、やがて30センチを少し超えるぐらいのメジナが釣れるようになっていた。最初に尾長を釣ったのは私だった。30cmぐらいだった。少し体色が違って、茶色っぽいなと思った。けっこういい引きをした。「それ、尾長ですよ、きっと」と若い友は言った。「尾長って?」「グレの種類で、尾長と口太があるんです。ヒラスズキとマルスズキみたいなもんです」「で、尾長はどっちなの?」「ヒラスズキに当たります。上物師にとって憧れの魚です」「そいつはうれしいねぇ。尾長ですかぁ」

尾長

 磯釣りがスピニングリールでやる釣りであることも、却ってこの釣りの魅力だった。軽い仕掛けだから、ベイトキャスティングリールの出番はない。ということは、私が本気でやる釣りではない。浮気の釣り、熱くはならない、気楽な釣りだった。
 新しく買ったリールは、安物だからか、使っているうちにシャオシャオと大きな音がするようになった。どうもボールベアリングに錆が出たようだ。スピニングならそんなことも気にならない。たっぷりと潤滑スプレーを吹き付けて、そのまま使い続けた。このリール、安いパーツや素材を使っているのだろうが、デザインが今ふうで、たまの浮気の釣りにはもってこいだった。

カイザースピン

 そのころはまだ私は自分で撒き餌をしていなかった。若い友が撒き餌を買ってきて、自分のポイントと私のポイントの両方に撒いてくれた。私は餌代を半分払うだけだった。そしてずっとこれでいい、この釣りにあまりのめり込むのは危険だ、自分で撒き餌を撒き始めたら歯止めが効かなくなると思っていた。
 研究熱心な若い友が「撒き餌ワーク」という言葉を使い始めた。シマノのインストラクターのセミナーをユーチューブで観るように、私にも勧めた。私はそれを観た。そして撒き餌を他人に依存していてはいけないのだと悟った。
 私が自分で撒き餌を買うようになると、若い友は私の成長ぶりを喜び、お古のバッカンと撒き餌杓をくれた。そして彼はもっといいのを買った。私は、自分で撒き餌は撒かないという縛りを解き、独りではこの釣りをやらないという縛りに変えた。
 若い友がトーナメントで駆使されるような革新的なメジナ釣りへと進む一方、私はその隣でむしろ外道を楽しんだ。浮き下を深くすれば外道が釣れると、おぼろげながら理解していた。そのターゲットはアイゴとニザダイだった。この2魚種は侮れなかった。メジナを凌ぐ強烈な引きだ。私はロッドを満月にしならせて、擬似メジナを楽しんだ。

ニザダイ

 しかしやがて、そんなゆとりも消し飛ぶような強烈な体験をした。その場所は足元から少し水深があり、払い出しの流れができていた。そこへ仕掛けを投入し、浮きを漂わせていた。突然浮きがシューッと勢いよく沈んだ。即座に合わせると、今までない強烈な引き。それでもリールを巻くとぐいぐい寄ってきたのだが、魚は浮かず、手前に深く突っ込んだ。しまった、巻くべきではなかった。このままでは岩角に擦れてラインが切れる。むしろラインを出して魚を沖に向かわせたいのだが、魚が手前下を向いているから、上手くドラグが出てくれない。私はとっさに岩の斜面を駆け下りて、竿を前に突き出そうとしたのだが、間に合わなかった。竿を伸された状態で、ぶつっとハリスが切れた。まるでなすすべがなかった。
 隣で見ていた若い友に嘆いた。「一体、どうすればよかったんだ?」「何だったんでしょうね。メジナの大物かな。ニザダイかイスズミのでかいやつかも」「あそこでドラグを緩めるべきだった」「そんなこと無理ですよ、レバーブレーキのリールでもない限り」「まあ、後の祭りだね」。その日はそこで日が暮れた。
 メジナは手ごわい。掛けた直後はなまじリールが巻けるから、勝機ありとだまされる。ところが、魚を寄せ切ったところで手前に突っ込まれたら、もうなすすべがない。まるでヒラマサみたいな戦法だ。私は何度やられても、同じ過ちを繰り返す。それが悔しくて仕方がない。心はぐつぐつと煮え、頭から湯気が上がった。こうなったらレバーブレーキだ。私のスピニングリールへの愛が、レバーブレーキへと昇華するのだ。

水平線
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