パンタグラフ構造の修正
スクリュー・プロペラと舵を備えた駆動パネル。それが水平の姿勢を保ったまま上下にスライドできるようにすることが、パンタグラフ構造の役割である。出航時あるいは帰航時に、プロペラや舵が海底を擦って損傷しないようにするためのものだ。港を使わずに砂浜から出航するには、この機構は不可欠なのだ。
パンタグラフは、2重の平行四辺形の変形によって機能する。上部に支柱の平行四辺形、下部にプロペラシャフトとステアリングシャフトの平行四辺形。すべての辺は79cmの設計だった。ところが、支柱を留めるボルトの距離が83.5cmで、長すぎたのだ。そのために最初の進水式は延期となった。
そこで、駆動パネルのボルト4本を、4.5cm、前方に移動させることにした。ところが、そんな簡単な作業さえ正確にうまくできなかった。2度目の進水式の前、空き地で仮組したところ、またもやボルトの位置がずれていた。
やむを得ない。こうなったら、支柱の長さを変えるしかなかった。そうすることにより、平行四辺形が微かに台形になる。その結果、駆動パネルの姿勢が厳密に水平を保てなくなる。しかし支柱やシャフトの接続には、多少は寸法の遊びを含んでいるから、これで何とか機能してくれまいか? そう考えて、支柱の長さを調整可能な仕組みにした。
タックルの調達
進水式の直前であるにもかかわらず、シイラ用のタックルをまだ作っていなかった。ブランクだけは2年も前から用意してあったのに。しかし、今からロッドビルディング? そんなことしてたら、夏が終わっちゃうよ。
だから、タックルは買って済ますことにしよう。しかし市販のベイトロッドなど、今更使えたもんじゃない。だから先にシイラのフライフィッシングにチャレンジすることにしよう。なに、どのみち、いつかはやろうと思っていたことだ。その順番を多少変えるだけだ。
台風の接近で、大雨が降った。この天気ならどうせ進水式はお預けだ。休日を1日つぶして、わざわざ東京のフライショップへ出かけた。
カモがネギを背負って、というのはこのことだ。「シイラ用のフライタックルが一式欲しい」と言った。店長はソルトフライ定番のアメリカ製のリールを薦めた。やっぱりこうくるか。ほんとはその10分の1の値段の安物でいいと思っていたのだが。しかしリールはアングラーの好みの部分が少なく、値段と品質がほぼ比例しているので、最初からこれを買っておくのも悪くない。
「いいでしょう。それをください」
ところがロッドは難航した。10番のロッドは店に在庫していなかった。問屋にもなかった。そうか、シーズン突入後のこの時期に、のこのこ10番のロッドを買おうなんてのが、そもそも間違いなのか? もっと早く準備しておくべきだったな。
店長が私の目の前で、何軒かの取引先へ電話した。その結果、唯一入手可能だったのが、最も安いクラスのロッドだった。そんなに安いので大丈夫なのか? ガイドなんて、10番なのに針金だぞ。しかし選択の余地はなかった。
「とりあえず、それでいいよ。どんなロッドが自分に合うのか、まだわからないし。もっと腕が上がったら、改めていいのを買うから」
それでも、合計10万円を優に超える買い物となった。ちっ、リールとロッドの値段が逆転したよ。ロッドの方が種類がたくさんあって、そこそこのものを選べば高くつくだろうと予想していたのに。
家に帰ってからは、一心にフライを巻いた。このパターンのことを、巻き方を教えてくれた店長は「ドルフィン・プレデター」とか言ってたが、そいつを10本巻いた。でかいシイラを釣ることを夢見て、大きくボリュームのあるタイイングを心掛けた。
こうして進水式に向け、準備万端整ったのだ。
2度目の進水式
7月24日。その日の朝は、それほど早起きではない時間に起き出し、ゆっくりと身支度を整えた。しっかり朝食をとり、コンビニで大量の飲み物と昼食用のカロリーメイトを購入した。
暑い日になりそうだった。海岸の駐車場に車を停めて、草の葉先をむしり、風に吹かせた。斜め沖から岸に向かって吹く微風。海面は穏やかな凪。これなら事故は起こらない。さ、今から1時間半かけて、組立だ。
最後まで組み立てた。パンタグラフ構造も、支柱の長さを調節式にした以上、組み立てまではできる。問題は機能するかどうかだ。はやる気持ちを抑え、ボートを波打ち際に残して、最寄りのスーパーへワインを買いに行った。
出航の瞬間は最高のひと時だった。3年間の苦労が報われた。
機関ケース損傷
初めて沖に向かって漕ぎ出せた感動に加えて、岸を離れた途端に、しきりに小魚がぴんぴん跳ねているのを目の当たりにした。なんだ? キビナゴか? あるいはトウゴロウ? いずれにしても期待が持てるぞ。
沖の潮目付近で、多数のカモメが待機していた。ときどきカモメたちがふわっと宙に浮き上がる。その足元でバシャバシャとボイルが散発した。なんだ? シイラではあるまい。ソウダガツオか?
ボイルの方向へ舵を切った。そして力強く漕いだ。ボートの速度はせいぜい時速4キロ。ボートの自重が100kgほどもあるので、鈍重な船足だ。それを自作のスクリューがぐいぐいと力強く推し進める。でももっとスピードが欲しいところだ。
沖へと徐々に移動してゆくボイルを追って、10分も漕いだろうか? すこっという感触が、ペダルを漕ぐ足に伝わった。今のは何? 神経を足に集中させた。すこっ、すこっ。力強くペダルを踏み込んだ瞬間に、それは繰り返し発生した。
いやな予感がした。ギアの空回りではないのか? 損傷したのはどこだ? 軸受けか? ギアの歯か? それとも、またもやシャフトへのギアの固定が外れたのか?
やがて空回りが激しくなった。スクリューは申し訳程度に回っているに過ぎない。パワーが全然ない。幸いなことに、沖へ離れていったボイルが、今度は岸に向かって引き返してきた。そこで初めて10番のフライタックルを使うことができた。
しかし、ヒットはせずに終わった。巻いたフライが、ソウダガツオには大きすぎたんだろう。でかいシイラを釣りたいと、ソウダガツオのことなど念頭になかったから。
遭難の危機
その後も一定の時間をおいて、ボイルは繰り返し起こった。しかしここであきらめなければならなかった。深追いは禁物だ。動力を失った以上、一刻も早く岸に戻るべきだ。もはやスクリューは機能しない。パドルを使って、出発地点まで約500m、戻らなければならない。
晴天。微風。凪。この条件で、こんなに悪戦苦闘することになろうとは思いもしなかった。やはり100kgは重い。脚の力でスクリューを回すのならいざ知らず、手でパドルを使ったのでは、ボートは一向に進まない。
それだけではない。微かな風の力で、船首はくるくると方向を変える。ボートは方向を逸れ、あらぬ方向へ進んでしまう。パドルのブレードが片方にしかない、SUP(スタンドアップパドルボード)のようなタイプのものを作ったのが災いした。このタイプは双胴艇にはまったく向かない。カヤックのようなブレードがシャフトの両端についているタイプの方がよかった。
下の動画は、まだ岸に向かって漕ギ始める前、沖でパドルのテストをしたときのものだ。このパドルでは、ボートをコントロールするのは無理だとわかった。
炎天下、汗だくになりながら2時間ほど漕いだ。息が上がった。ボートは思った方向に全然進まない。心持ち強くなった風に流されて岸には向かっているが、このままでは海水浴場に突っ込んでしまう。その海域にはボートの乗り入れは禁止だ。しかしどうすることもできない。沖に流されて救助の世話になるよりはましだった。ぎりぎり遊泳区間の端に入り込んで、岸に漂着した。
そこから約500m歩いてクルマを停めた場所へ行き、ボートの近くにクルマを移動させた。そして汗だくになってボートを分解し、クルマに積み込んだ。あー、もういやだ、こんなこと。今度作るときは、軽くて組立分解しやすいボートにしよう。
修理の断念
船体はしっかりしていた。何の不安もない。問題はギアのシャフトへの固定が甘かったことだ。やっぱり接着剤ではダメなのだ。ちゃんと垂直ピンを入れなければならなかった。
皮肉だな。事前の予想では、ダメなのは100kgもある船体だと思っていた。張りぼてが弱くて、表面がボロボロになるに違いない。だから機関部はそのままに、船体だけをもっと軽く作り直そうかとさえ思っていた。その船体には全く問題がなく、実際には機関部が壊れた。
空回りしたギアは、ペダルが直結している4:1のメインのステンレス製べべルギアではないか。なぜならそこにこそ最も力がかかっているはずだから。
後日、修理を試みた。ドリルでシャフトに垂直の穴を開け、ギアとの接合部にピンを挿せばいいだろう。
まずは機関ケースに穴を開けて、目視で空回りを確認するところから始めよう。
シャフトが回転しないように固定して、ペダルを回してみた。空回りはどこで発生するか。ところが、この時には空回りは生じず、それでも無理にペダルを回そうとしたら、ペダルがぐるんと明後日の方向にねじ曲がった。なんだ、これ?
あの空回りはきっと、単に強い力が掛かって接着が破壊されただけではなかったのだ。摩擦熱が関係しているに違いない。だから冷えた状態では、空回りは発生しないのだ。
それにしても、シャフトとギアを、あるいはシャフト同士を、接着剤で固定するのはダメだな。熱による膨張が加わって、はがれやすいのだろう。今後はちゃんと軸にクロスするピンで留めることにしよう。
だけど、どうする、この修理? これじゃ、どうしようもないだろう。こんな信頼性の低いものに拘泥していては、いつかきっと危ない目に遭う。それよりも、ここは修理を断念して、もう一度最初からやり直した方が、結局は近道なのではないか?