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改造の動機

 アンバサダー5500Cのメカプレートは、旧型の場合、歴代のどのモデルもアルミ製である。1990年代以降の新型では、一部に、メッキが施された真鍮製メカプレートが採用されているモデルもあるが、大半はやはりアルミ製である。
 下の写真は旧型のメカプレートだ。鍛造された1mm厚のアルミ合金の円盤に、いくつものシャフトや留め具が刺さっていて、さまざまな機能を担うパーツが取り付けられている。

メカプレート表

 パーツの固定方法はすべてカシメであり、アルミの板に直にカシメているものと、裏側の真鍮のプレート越しにカシメているものがある。
 下の写真のように裏側から見ると、メッキされた真鍮製の遠心プレーキのドラムの縁をうまく活用しているのがわかる。しかも、表からのパーツの固定が、裏側の遠心ブレーキドラムの固定をも兼ねている(4カ所のうち3カ所)。その3つのパーツは、メインギアのシャフト、カップをネジで固定する2つの支柱と、いずれも力のかかるものだ。これは丁寧で賢い設計だと感じる。

メカプレート裏

 このアルミ製のメカプレートは、海で使うと、たとえアルマイト処理がなされていても、長期にわたる使用で、海水による腐食が進む。上の写真は、それが相当進んだ状態だ。
 これを避けるために、メカプレートの裏面にオイル、グリス、アクリル塗料、水性ゴム等、様々なものを塗ってみたが、効果はなかった。このメカプレートの裏面は、ネジによってフレームのプレート部分に圧着されていて、そのわずかな隙間に毛細管現象で海水が染み込むのだ。これがアルミを腐食させる。どんなにメンテナンスをさぼっても、この部分に付着した海水は拭っておかないと、あとで悔やむことになる。
 しかし、最近はケミカル類の進化が目覚ましく、防錆潤滑剤のスプレーひと吹きで、この腐食を防止できるようになってきた。それでも、このプレートを腐食に強いステンレスで置き換えれば、こんな心配からは解放される。

改造の基本方針

 旧型のメカは、なんら変更すべきところのない、優秀な設計である。この設計はそのまま活かすことにしよう。それどころか、各パーツをそっくりそのまま使って、わざわざ自作することなどなしにしたい。自作するのは、ステンレス製プレートのみがいい。ヤスリでゴシゴシという力仕事は、つらいだけで、わくわくどきどきするところのない、単純な作業だ。できるだけ避けたい。
 とは言え、ステンレスプレートに移植するために、アルミプレートから各パーツをいったん取り外す際に、破壊せざるを得ないパーツもあるだろう。また、ステンレスはカシメが効かないからロウ付けするとして、高温に耐えない真鍮製のパーツもある。これらは自作せざるを得ない。
 そしてこの改造では、裏面の遠心ブレーキドラムは、移植せずに排除する。その理由は前ページに記したとおりだ。

観察

 手始めに、現状の構造をよく観察してみる。そしてパーツごとの材質と機能を確認する。

メカプレート表のパーツ

 まずは表面だ。
@プッシュレバー。真鍮製で、メッキされている。バネによって常に引き上げられている。このレバーを押下すると、一体となったサスマタ状の根元が、ピニオンギアを跳ね上げるための爪Cを下から押し上げる。
Aバネの支柱。真鍮製。このバネによって@のプッシュレバーを常に引き上げている。
Bカップを固定する支柱。真鍮製で、左右に2つある。それぞれの上面中心部には、カップを留めるためのネジ穴が切ってある。太くなった根元には2つの溝が切ってあり、ひとつは上記@のプッシュレバーの先のサスマタ部、もうひとつはクワガタのアゴのようなパーツEの動作のガイドとなっている。そしてEとバネでつながれている。
Cピニオンギアを掴む爪。鉄にメッキ。バネの力で常に下に押し付けられているが、@のレバーを押下すると、サスマタの根元がこのCの斜面を滑りながら押し上げ、ピニオンギアをスプールから切り離す。
Dバネのハウジング。ステンレス。Cの爪を常に下に押し付ける巻きバネのシャフトを保持している。
Eプッシュレバーの押下状態を維持するクワガタ状のフック。左右に2つある。ステンレス。プッシュレバーのサスマタ状の足の双方の裏にあるポッチ(ポッチは鉄)を抱きかかえるようにして、プッシュボタンの押下状態を維持する。Bと接続したバネに引かれて、常に閉じる力が働いている。それをこじ開けてプッシュレバーを解放するのは、メインギアブッシュ(写真には写っていない)の底面裏側にあるポッチ。
Fメインギアブッシュのシャフト。ステンレス。直径4mm。
Gラチェットの爪のシャフト。真鍮製。

メカプレート裏のパーツ

H遠心ブレーキドラム。真鍮にメッキ。

パーツの分解

 そして、パーツのカシメをすべて外して、パーツを完全に分解した。この作業、けっこう難儀だった。アルミの板に真鍮のパーツをカシメてあるのが、こんなに強度があって、ちょっとやそっとでは外れないものだと、外してみて初めて理解した。今まで、カシメがいつか緩んで外れるんじゃないか心配していたが、そんな心配は全く無用だ。
 プライヤーで掴んで力を込めてねじって、アルミのプレートが少し変形し、ようやく外れる。いや、アルミのプレートだって、ここまで力をこめてようやく変形するほど強いものだとは思っていなかった。1mmか1.2mmかのアルミの板に過ぎないと思っていたが、しっかりした軽合金だ。ジュラルミンというやつか?
 ドリルも使わざるを得なかった。プライヤーで強くつかむと変形しそうないくつかのパーツは、裏側のカシメた部分をドリルで削らないと、外すことができなかった。
 さて、そうやって苦労して外したパーツ、下の写真では材質ごとに分類してある。

メカプレートの分解

 材質の分類には誤りがあるかもしれない。メッキで地金が見えないものは、磁石を使って調べた。磁石に強くくっつくのは鉄、弱くくっつくのはステンレス、まったくくっつかないのは真鍮。しかし、真鍮にメッキを施した場合、メッキに含まれるニッケルが磁石に反応することもあるようだから、磁石による分類は正確ではない。またステンレスでも、400系は磁石に弱く反応するが、300系は反応しないようなので、この方法でステンレスと特定できるのは400系だけだ。
 とりわけ自信がないのは、バネの材質だ。かなり強く磁石にくっつくが、まったく錆がないのでステンレスと判断した。ステンレスは種類が豊富で、合金の成分とその比率で性質がかなり変わる。簡単な方法で見分けるのは難しい。
 ともあれ、ABU社によるこの材質の選定は、力のかかるパーツほど強い素材が採用されていて、しっかりと考えられていることがわかる。ただし、年代による素材の変化もあったようなので、歴代のすべてのモデルがこの材質とは言えない。
 ところで、案の定、分解時にいくつかのパーツを破壊してしまった。どうしよう? もう1台、パーツ取りの犠牲にするか?
 それよりもショックだったのは、ピニオンギアを保持する鉄のパーツが、思った以上に錆びていたことだ。裏側がこんなに錆びているなんて、表から見ていたのでは気づかなかった。

爪の錆

 というか、このパーツ、鉄だったんだね。いままでずっとステンレスだと思っていたよ。
 こうなってしまった以上、このパーツはステンレスで自作しなければなるまい。結構複雑な形状。どうやって作ればいいんだ? ステンレスの板から切り抜いて折り曲げる? それともステンレスの塊から削り出す? これは厄介だぞ。
 ちっ、またパンドラの箱を開けちまったよ。

<つづく>

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