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フライ

 心が破裂してしまった。思い出しては、力なくその場にうずくまりたくなる。あるいはまた、耳を塞いで、わーっと叫びたくなる。
 日曜日の午後半日、ボートでナブラを追いかけまわし、くたくたに疲れて岸に漕ぎ着いた。もう真っ暗だった。ロッドとリールにペットボトルの水をかけて塩分を洗い流し、砂浜にずり上げたボートを分解してクルマに積み込んだ。すでに8時近くになっていた。
 月曜日の朝、クルマで通勤路を走った。ふとバックミラーを見ると、ラックにロッドがなかった。ん、なぜないんだ? 昨夜の駐車場でどうしたっけ? 思い出そうとしても、ロッドをクルマに積み込んだ記憶がない。まずい。もしかして、ロッドをクルマに立てかけたまま発進して、家路を急いだのではないか? あまりに疲れていたから、そのことに気づかず、私は走り去ったに違いない。では、倒れたロッドは、まだ駐車場に? 私は焦った。
 会社に行く道を逸れて、ビーチの駐車場に急いだ。誰にも気づかれず、そのままでいてくれ。そう祈ったが、駐車場に着くと、私のロッドとリールはなかった。落胆した。血の気が引いた。まあ、あるわけないか。夜から朝にかけて、ジョギング、犬の散歩、貝殻拾い、そして釣り、多くの人がビーチにやってくる。誰かが見つけて・・・。私の中で感情が炸裂した。
 月曜の夕方、仕事を終えて、もう一度ビーチの駐車場に行った。朝になかったものが、夕方に見つかるわけがない。それでも、さらに火曜の朝も、もう一度見に行かずにはいられなかった。
 くっそー。アンバサダー5000Cと自作のピストルロッド。5000Cには手を加えていないが、ロッドは樫の木を丹念に削って作ったものだ。あんなタックル、誰が使うんだ? 5000Cなんて、ギア比が低すぎて、海で使えたもんじゃないよ。だから、お願いだ、あんたにゃ用がないはずだ。
 いやいや、何を失くしたのかが問題なんじゃない。私は自分の失敗が許せずにいるのだ。何かにチャレンジした結果の失敗ではない。単に不注意だっただけだ。それが許せないのだ。
 おまけに、ボートで使うタックルがなくなっちまったじゃないか。またあのタックルでナブラを追いかけまわそうと思っていたのに。そしてあのナブラがどうやらイナダではなくてショゴらしいと、考察が進んだのに。こうなったら、安物のバスロッドでも買うか? いやいや、このロッドビルダーの私が、今更市販のベイトロッドなんて・・・
 そうか。これはきっと神様の思し召しに違いない。神様は私にフライフィッシングでやれと言うのだ。もっとアグレッシブにチャレンジしろと言うのだ。だから私からあのタックルを取り上げたのだ。そうか、そういうことか。水曜日、私は少し立ち直って、フライを巻いた。
 だけど台風が来てるじゃないか。これじゃボートが出せないよ。神様はいったい私にどうしろと言うんだ? とは言ってみたものの、神様もあきれてるよね。「わしは関係ない。おまえが勝手にへまをしただけではないか。人のせいにするな」って。  

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