水平線
最初
最新
目次

 双眼鏡で砂浜の向う端にカモメが群れているのを見つけた。私たちはサーフに下りてゆくことにした。私はロッドの代わりにニコンの防水一眼、AW1を持った。「あれ? ロッド持って行かないんですか?」友が驚いた。「撮影に専念したいんだよ。鳥の動きを撮りたい。カメラの練習だよ。敢えてロッドを置いていかないと、真剣に撮影なんてしないだろうからね」と私は答えた。「後悔しますよ」友のそんな忠告にも首を振った。
 長い砂浜を歩いて、エイのヒットぐらいしかなかった。私たちはとぼとぼと帰路に就いた。その時私は気配を察知して振り向いた。私たちのほんの背後で、ブリがまさにボイルし始めるところだった。絶好の撮影チャンスだった。「ワオ、ワオ、ワオ」と私はわめいて友に気付かせ、キャストを促した。私は録画ボタンを押して、その一部始終をカメラに収めることができた。敢えてロッドを置いて来たのはこのためだったのさ。自分でブリとのファイトができないのは残念だが、それと引き換えにいい絵が撮れた。そう思って満足していた。しかしそれも帰りのラーメン屋で衝撃の事実を知るまでのことだった。画面が真っ黒。なぜ?「キャップしたまま撮影したとしか考えられないじゃないですか」友が言った。とほほ、なんてこった。あのとき、まぶしい午後の日差しと液晶カバー内側の結露のせいで、背面の液晶画面に何も映っていないのが分からず、ひたすらレンズを友に向け続けたのだ。なんて間抜けな。だったらロッドを持って行って、自分でもキャストすればよかった。どん深の後悔に襲われた。
 いや、それでも私には文章がある。動画がだめだったのなら、それに匹敵する描写を練り上げればいいではないか。カメラに収めたはずの動画は次の通りだ。
 ・・・ふと気配を感じて目をやると、両腕いっぱいひと抱えのブリの魚群が、今まさに波の中を突入してくるところだった。おいおい、ウソだろう? こんなところまで乗り込んでくるのか? 遠浅のサーフのほんの波打ち際。重量級のボイルで海面を泡立て、激しい水飛沫を上げた。カタクチイワシがひと塊のまま、バラバラバラッと音を立て、濡れた砂地に追い上げられた。イワシは折り重なって暴れ、広く散らばった。そこへトビとカラスが待ち構えたように襲い掛かった。ブリは波打ち際で縦横にイワシを追い散らした。ブリが巻き上げる砂煙で海水が濁った。友がそこへキャストした。いくらもリールを巻かないうちにドスンとヒットした。ロッドがくにゃりと曲がった。それでもここは砂浜、ファイトに不安はなかった。ドラグを滑らせ、じっくりと走らせればいいだけだった。それでも友は少し強引にやり取りした。それはいざという時、磯でのファイトを想定したトレーニングのつもりか。わずか4分で波に乗せてずり上げた。・・・
 ああ、虚しい。いくら平静を装って後悔していないふりをしても、自分をだますことはできない。

水平線